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2004年1月15日〜2月22日
From Nagoya




1.序章 「遥かなるインド」

2.喧騒の街「ダッカ」と「ロケットスティーマー」
3.世界遺産「シュンドルボン」と「バゲルハット」
4.世界遺産「バハルプール」、そしてインドへ
5.憧れのインドと美しきダージリン
6.インドバスと聖地ブッタガヤ
7.聖地「バラナシ」
8.エロティック遺跡とムガール帝国の遺跡都市オルチャ
9.タージマハルと最後の街「デリー」



5.憧れのインドと美しきダージリン

あの日の事はよく覚えている。青々と澄み切った空のもと、バングラ-インド間の国境を歩く。わずか200m足らずの砂利道だが、一歩一歩大地を踏みしめる足の感触が心地よかった。
質素な掘っ立て小屋の入管でインド入国カードに名前を記入する。入管の制服こそ違うが顔はまったく区別がつかな
いインド人とバングラ人。しかし、”Welcom India"と書かれた入国カード見て思わず自分がインドに来たのだと実感する。

思い出の20ルピー

近くにあった両替所で残ったバングラタカをインドルピーへ交換した。ここで感動的な再会があった。ガンジーである。赤いインド20ルピーに印刷されたガンジー。彼を見たとたん、「我、ついにインドに来たり」と強く思った。昔ネパールを訪れた際にバスの車掌が持っていたたくさんのネパールルピー。その中に見慣れない色のお札が紛れていた。車掌はインドルピーを持っていたのだ。そしてそこに印刷されていた人物こそガンジーなのである。あの車掌の手の中には「憧れと畏怖のインド」があった。そしてその「インド」が今は自分の手の中にある。大事にきれいな20ルピー札を本に挟み、近くの街「シリグリ」を目指す。 (写真左:20インドルピー札)

国境の街「ブリマリ」から近くの「シリグリ」まで車で約2時間、まだ日は高かったので一気に最初の目的地である「ダージリン」を目指す事にした。約2.5時間ほどで到着できたのだが、予想以上に標高が高く、そして寒い。ここ最近、北に移動してきていたので涼しくなったなあと思っていたのだが、これは寒いと言った方がいい。吐く息も白くなっている。
ひとまず最初の宿を探し、お腹が減ったので近くの宿屋のレストランに入った。久々にツーリストが溜まっている光景を見た。たくさんの白人パッカーに紛れて、日本人旅行者に会った。北インドをデリーから抜けてきたらしい。少し話をしたのだが、ひたすら北インドの悪口を言っていた。最悪だと怒り狂っていた。これからそのルートを旅するのだけどなあ、と思いながら初めてのインドの夜が過ぎてゆく。


ダージリンの美しい風景
ヒマラヤの山々とダージリ

「寒い。くそくそ寒い。今、これを書いている手もかじかんで書きづらいくらいだ。」
と、日記には書かれている。とにかく寒かった。寝袋の上に布団、毛布2枚をかけて寝たのだが、寒すぎてよく寝られなかった。こんなに冬のダージリンが寒いとは思わなかった。思わず裏毛のついた長ズボンを購入してしまう。
朝、食事に出かけた宿の屋上からダージリンを眺める。とにかく素晴らしい眺めだった。世界で3番目に高い山「カンチェンジュンガ」を筆頭にヒマラヤの白い山々、谷間にひしめき合うように並ぶダージリンの家々。冷たく澄んだ空気に青い空。言うことがない。死ぬほど寒いが、乾期に来てよかったと思う一瞬である。
(写真右:ヒマラヤの山々とダージリン)

インドに来てよかったと思うことがある。食事である。バングラと同じく主食としてカレーはよく食べたのだが、この国にはツーリスト産業がある。つまりツーリスト向けの食事があり、宿があり、そして日本語のインターネットもある。その分支出は増えるが、数週間ぶりにメールなどもできた。そしてここインド最初の街ダージリンではいろいろ食べた。インドカレーはもちろん、サンドイッチ、チベット料理、なんちゃって親子丼、そして有名なダージリンティーにホットミルク。久しぶりに食事が楽しかったのを覚えている。特にホットミルクはたくさん砂糖を入れ、毎日飲んだ。凍える体にはとても嬉しかった。


ダージリンヒマラヤ鉄道(トイ・トレイン)
ダージリンヒマラヤ鉄道

翌日、インド最初の世界遺産「トイトレイン」に乗ることにした。これは先に通過したシリグリの街からここダージリンに引かれている汽車でヒマラヤ鉄道として有名である。
元々イギリス植民地時代、暑さに耐えかねたイギリス人がここダージリンを避暑地として選び、この鉄道を開通させた。以後、数十年たくさんの人や物資をここダージリンまで運ぶ大切な交通手段としてこの汽車は愛されることとなる。
また、トイトレインは世界一標高が高いグーム駅(標高2,257M)を有する鉄道であり、その小さく可愛らしい車体は「トイトレイン(おもちゃの列車)」の名前で皆に知られている。
ダージリンからグーム駅の一区間だけ乗ってみる事にした。石炭で走る姿や、汽笛の音などどれも本格的でわくわくする。ダージリンの騒然とした街を駆け抜け、途中たくさんの子供たちが列車に向かって手を振る。わずか40分足らずだったが、面白い経験をさせてもらった。
(写真左:ダージリンヒマラヤ鉄道)※2006年に中国青海省からラサまでの列車ができたので現在は違うかな。


ダージリンの街
ダージリンの街並み

しかしながらこの街はすごい。計画など何もなしに建てられた建物がぐちゃぐちゃに建っている。しかも、ほとんどまっすぐな道などなく、すべて曲がりくねっている。その上、ダージリンと言う山の斜面にある地理が、更に街の造りを複雑にしている。道の至る所にどこかに抜ける細い道や階段があり、まるで迷路のようだ。人も物も溢れ、ごちゃ混ぜになっているので、1日歩いていても飽きない。
人種もすごい。インド人はもちろん、チベット人、中国人、バングラ人など様々。そしてそんな混沌さを打ち消すかのごとく街の背には白く美しいカンチェンジュンガの山々が連なる。広大な山の景色に白いヒマラヤ山脈、山の上なのに汽車が走るという不思議な組み合わせがダージリンの魅力のひとつであろう。
(写真右:ダージリンの街並み)

初めてのインドの街にも知らぬ間に溶け込んでいた気がする。バングラに比べてツーリスト産業があることを除けば、その街の汚さや人間もそれほど変わらなかった。ただ、バングラと比べて1つだけ大きく異なった点がある。「女性」である。
イスラム教のバングラからヒンドゥー教のインドになり、女性が皆顔を出すようになった。バングラでは見られなかったような色鮮やかなサリーをまとい、そして髪型などもしっかりとおしゃれをしている。
「この旅に出て初めて女性を美しく思えた。インド女性は美しくセクシーだった。」などとインド初日の日記には書かれている。特に色白のチベット系のサリーをした美しい女性を見かけた時には、こういうのも旅には必要だなと思ってしまったほどである。ここでイスラム教について良い悪いを書く気はないが、何故か女性である事が罪であるかのように思えてしまう程ひっそりとしているイスラムの女性より、やはり活発で自信を持って街を歩くダージリンの女性の方が美しく見える。実際のところ当人達はどうなのだろうか。

バングラ人やインド人は皆顔が怖いので、時々会う日本人に似たチベット族を見かけるとホッとする。寒い事だけを除けばダージリンはとても良い街だ。居心地がいい。山好きの自分には旅の日程を変更してでもしばらく滞在したかったのだが、部屋に居るだけで凍えてくる寒さや、2分ほどで真水になってしまうホット(?)シャワーといった環境では長居はできなかった。4日間ほど滞在して、次の街「ブッタガヤー」を目指し山を下ることにした。

そして、初のインド夜行バスを経験するのだが、ここでこの旅最大の苦行を受けることになる。


データ
トイトレイン ダージリンからグーム駅まで。所要約40分。午前9時15分発、21ルピー/片道。



6.インドバスと聖地ブッタガヤへ

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