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2002年5月27日〜6月16日
From Chiangrai





中国・モンゴル旅行記1「出発 〜 中国(北京)」
中国・モンゴル旅行記2「大同」
中国・モンゴル旅行記3「国際列車」
中国・モンゴル旅行記4「モンゴル(ウランバートル)」
中国・モンゴル旅行記5「カラコルム」
中国・モンゴル旅行記6「旅の終わりに」




2.大同

これだ。このしつこさだ。このうっとうしさ。
大同には午前7時半についたのだが、駅に降り立ってから宿に入るまでの3時間近くツアー等のしつこい勧誘を受けた。値段を聞いてもとても高いので全く無視していたら、顔の目の前わずか30cmぐらいまで近づいて話してくる。臭い息や唾まで飛ばしてくる。こちらはバスを待っていたので仕方なくそれまでこの勧誘を受ける羽目になった。しかしながら、どれだけ場所移動してもついてくる。しまいには韓国人の女の子、京ちゃんがもうこの辺の宿にしようよ、と言ったので駅前の宿(飛天賓館)に落ち着いた。朝から本当に疲れる。40元、4人ドミトリーだ。れっきとしたホテルの中にあるドミなのでとても清潔だ。トイレシャワーは共同なのだが、それでも熱いお湯が滝のようにでる。夜のみと時間制限があるのがネックだが、それでもなかなか快適である。
大同とは北京より西へ約300km、列車で7時間行ったところにある山西省の小都市である。標高1000m、そして砂漠性気候の為、強風と共に埃がすごい。この時期は結構乾燥している。街自体あまり大きくはないのだが、この街が世界的に有名なのは北魏王朝(398年〜)等が残した文化遺産「雲崗石窟(うんこうせっくつ)」があるためだ。石窟とは岩崖に窟をうがち、その中に仏像を安置し、または壁面に刻み出して寺院としたところのことである。インドにはじまり、アフガニスタン、中央アジアを経て中国に伝播していった。石窟寺ともいう。要するに大きな山の壁に何年何百年もかけて仏像を彫ったものだ。これがなかなかすごい。

雲崗石窟第20窟
雲崗石窟第20窟

この日1日タクシーをチャーターしこの石窟を見学したのだが、やはり見に来てよかった。長い間こつこつと職人達が作り上げた仏像群は、現代人の我々をも圧巻する。穏やかな表情で鎮座した仏像や、雄厳たる威圧感をかもし出す仏像など素人が見ていても飽きることがない。なめらかに削られた曲線や、手に入ってしまう程小さな壁の仏像など、これが本当に一つの石から作られたのかと疑ってしまうほどに精巧だ。とにかく素晴らしいの一言に尽きる。ああ、もうこれ以上書かない。   (左写真: 雲崗石窟第20窟)

その後、懸空寺(けんくうじ)という崖の中腹に作られたお寺を見に行った。文字通り建物が崖にぶら下がっているように見える為この名がつけられた。大同市内から随分離れていて交通の便は悪いのだが、それよりも何も、どうしてこんなところに寺など作ったのだろうと思ってしまう。谷の底に作られているため風も強い。まあ、そのおかげで観光地として売り出せるからいいのだろうが。入場料46元(約600円)。中国の観光地はほんとに高い。あまりの高さに寺の中には入らなかった。外から見るだけで十分だ。30分ほど見学して市内に向けて出発した。 (右下写真:懸空寺)    

懸空寺
懸空寺

大同市内に帰ってくると17時を少し回っていた。今日は朝からとても慌ただしく動いたため体が結構疲れている。暖かな西日を受けながら入った食堂でちょっと早めの夕食とする。もちろんガンガンに冷えたビール。中華料理は最高にビールと合う。昔、留学中に食べていた料理もほとんど網羅した。山西省名物の何とか麺もたらふく食べた。これがうまいんだからやめられない。中国に来て以来毎日のようにビールを飲み続けている。時には昼から飲んでいる。まあ旅だからいいんだ。
そうそう、今日観光中に京ちゃんがおもしろいことを言った。彼女の日本語は本当に流暢で、会ってからずっと日本語で会話をしている。ちょっと聞いただけでは外国人とは分からない。日本語で食ってる自分がいうのだから相当である。そんな彼女が観光中にふとこんなことを言った。  
「怪人が少ないからいいね、この辺は。」
「・・・(は?)」

韓国語学習者の特徴の1つに、文頭に来る濁音の発音が苦手というのがある。例えば「がっこう」が「かっこう」、「だいがく」が「たいかく」になってしまうのだ。きっと彼女は「外人が少ないからいいね、この辺は。」 と言いたかったのであろう。「外人」が「怪人」になってしまったのだ。それにしても当然であろう。そんなものがたくさんいたら困る。危なくておちおち外出もできない。その後彼女は何度も「怪人」という言葉を連発していた。
そんな京ちゃんも大同2日目で次の目的地「五台山」に向けて出発してしまった。忙しい子だった。ドミトリーが少し寂しくなったなあ、と思っていたら代わりに若いドイツ人がやってきた。清潔なベットの上に寝袋を敷いて寝る変わった奴だ。寒い訳でもないのに。話は変わって、ちょっと体調が優れない。大同に来てから再び下痢が再発した。京ちゃんと分かれてから毎日ゴロゴロしていたので頭も痛い。

応県木塔
応県木塔

それでも暇を見つけて大同郊外にある「木塔」という塔を見に行った。かなり田舎にあるためバスで2時間もかかったが、これまたすごい。1000年ほど前に作られた塔で、中国で最も古く高い木製の塔として有名だそうだ。何よりもその外見の美しさである。見事なバランス感覚で建てられている。中国でかなりたくさんの塔を見てきたつもりだが、これほど美しい塔はなかった気がする。もちろん中にも入ることもできた。67.13mの高さを誇りそこからの周りの風景は格別だ。すべて木製で、歩いていてもギシギシと木独特の音がする。そして笑えるのが入場券共に付いていた保険証。1元と書いてあり、この中で事故があったら、値段は忘れたが怪我いくらいくら、死亡の場合は20万円近くもの大金(?)が出ると書いてあった。  (写真右:応県木塔)

大同最終日。今日もゆっくり寝るつもりだったが同室のドイツ人のおかげで5時に目が覚めた。京ちゃんと同じく五台山に行くらしい。なかなかいい奴だった。下痢が治らない。ここ毎日正露丸を飲んでいるのだが一向に良くならない。今日の夜は列車なのだが大丈夫だろうか?
大同には計4日ほどいたのだが、小さな街のわりには見所が多い。石窟や木塔は必見だ。北京ついでに訪れるのもいいだろう。ここには北京にはなかったイメージ通りの中国がある。下町、騒がしい裏通り、道にまで出た屋台、喧騒。そして北京とは違った田舎の中国。そして田舎の中国人。北京で違和感を覚えていた自分にはとてもよい所となった。機会があればまた訪れたいと思う。明日は北京、そしてもうすぐモンゴルだ。

史上最悪だった。二度目の北京到着はこの旅の中で一番辛いものとなった。猛烈な下痢である。大同からの列車の中、あまりの腹痛の為朝5時に目が覚める。辺りは少し明るくなっていたが北京まではもう暫くかかる。急いでトイレへ。列車が停まっていたのでトイレが開かない。(中国の列車はほとんど垂れ流しなので、駅などではトイレは閉められてしまう)
いつ動き出すのだろう・・・ 果てしなく長い時間が流れていく。顔には脂汗、手はガタガタと震え悪寒が走る。横入りされないようにトイレのドアに覆い被さるように陣取り、それでも近づいてくる奴らは目で刺し殺してゆく。30分以上待ってようやく開けてもらえた、と思ったらそのまま隣から来た乗務員が先に入りやがる!! 5分以上も出てこない。中国の列車の乗務員は、未だ我が物顔で列車内を歩いている。7年経っても全く同じだ。出てきた奴を睨み付けてやった。
それにしても酷い。北京に到着した時にはすでにフラフラ。めまいと腹痛のためによろよろと歩く。今日1日ダメだなと思い途中でバナナを買った。・・・が、10元ほど騙されていた。途中で気付いたが戻って争う気力など微塵もなくなっていた。何度もトイレに行き、正露丸を飲み、ほとんど1日寝る。本当にまずい。両手はなぜかしびれ、足はこの頃のオーバーワークで鉄のようになって動かない。朝から寝ているので頭も痛い。もちろん仰向けになって寝られないほど腹痛も酷い。1つ幸運だったのは新しく見つけた宿(青年之家旅館)は地下にあったので、一日中闇であり休養にはよかった。食欲もないというより中華料理の油を思い出しただけでも吐きそうになる。明日はモンゴルの列車に乗らなければならないが大丈夫だろうか?本気で心配になる。
結局、この日口に入れたのはバナナ4本と水、夜に小さなヨーグルトだけであった。一日中寝ていたのだが、夜、頭痛薬を飲んでまたぐっすりと眠ることができた。
大同はすごく好きな街だったが、この日以来「下痢の街」として頭に記憶されることになった。明日からモンゴルである。


データ
※大同の宿:飛天飯店(大同駅前、40元/ドミトリー)
※北京の宿:青年之家旅館(北京駅から東へ1.2km、長富宮中心の南東、東海中心というビルの隣のビルの南東角、36元/ドミトリー)

※アクセス(雲崗石窟と懸空寺):タクシーチャーターで100元(50元/1人)
※入場料:懸空寺46元
※アクセス(応県木塔):大同から応県行きバスで2時間(10元)、応県バスターミナルから左方向へ徒歩20分


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