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2002年5月27日〜6月16日
From Chiangrai






中国・モンゴル旅行記1「出発 〜 中国(北京)」
中国・モンゴル旅行記2「大同」
中国・モンゴル旅行記3「国際列車」
中国・モンゴル旅行記4「モンゴル(ウランバートル)」
中国・モンゴル旅行記5「カラコルム」
中国・モンゴル旅行記6「旅の終わりに」





4.モンゴル(ウランバートル)

そういえば今回の旅行の目的を書き忘れていたような気がする。今回はいつものように「行きたいから・・・」ではなく、ひろみさんというモンゴルに住んでいる友達(青○海外協力隊の派遣)に会いに行くためだ。ひろみさんとは何年か前に行ったネパールで知り合った。珍しいことにネパールを旅した2週間近くずっと彼女と旅していた。多くの一人旅を好む旅人は食事や現地ツアー等で一緒に行動する事はあるが、これだけ長く一緒に旅することはあまりないかと思う。お互いの個性の強さや、行き先の違いからもあまり長く続かない。もちろん自分にとっても初めてだった。この時に、「今年の12月にモンゴルに赴任するから遊びに来てね」と誘われていたのだ。

真っ平らな草原だけの風景から、少し起伏にとんだ草原の風景に変わり始めてきた。ところどころ小さな集落も目に付くようになり、そろそろ到着だろうという空気が車内に流れ始める。16時、国境でロスした3時間きっかり遅れてモンゴルの首都・ウランバートルに到着した。寒い。かなり寒い。南国タイから来た人間には少々辛い。嬉しいことにひろみさんが迎えに来てくれていた。少し痩せたかな?久々に会えて嬉しい。会ったばかりで悪かったのだが、すぐさま帰りのチケットを買いに行く事にした。自由な旅とはいえ、何せ勤め人。帰りの飛行機に乗り遅れるわけには行かない。国際列車売り場に着く。着いて驚いたのが、英語表記がほとんどなかった。すべてキリル文字。ロシア文字からの借用なのだそうが、まったく分からない。ひろみさんがてきぱきと両替からチケット手配までしてくれたので助かったが、一人ではかなり時間がかかっただろう。


モンゴル民族舞踊
モンゴル民族舞踊

夕方、ナイラムダル公園内で行われている、モンゴル民族舞踊を見に行く事になった。建物の外見はとても怪しかったが、中はモンゴルの雰囲気を十分堪能できるなかなかのものだった。さすが首都。しかしそれよりすごかったのはその内容である。
基本構成はモンゴル伝統の楽器による演奏と、民族衣装を着ての舞踏。澄んだ音と深い音がなんとも言えない迫力ある音色を作り出している。電気等は一切使用していないと思うのに、よくこれだけ安定した美しい音が出るもんだと感心した。
そしてこちらに来て「ホーミー」なるものの存在を初めて知ったのだが、聞いた時にはびっくりした。ちょっと太目のお兄さんが出てきたかと思うと真ん中に座り、突然甲高い音を出し始めた。表記すれば「ピー」とか「ピュー」とかだろうか。しかも真っ赤な顔で。とにかくはじめは「何だ?」笛を口の中にでも入れているのか思ったほどだ。日本語では「喉歌」というらしい。
その他にもモンゴルといえば有名な馬頭琴やその他多くの楽器、モンゴル人男性による迫力のある歌など、久しぶりにいいものを見せてもらった。北タイで言えば、チェンマイにある「カントーク・ディナー」なんかがこれに近いような気がする。食事とタイ舞踊を同時に堪能できる為、結構人気がある。モンゴルと同様、見せる為に色々とアレンジされており、観光客を飽きさせない作りになっている。個人的にはモンゴルの方が好きかな。6000トゥグルグ(約600円)。 (写真右上:モンゴル民族舞踊)

街の風景
ウランバートルの街並み

モンゴル。正式名称モンゴル国。日本の約4倍の面積に人口約240万人。ハルハ族やカザフ族などからなる多民族国家だ。首都ウランバートルで北緯47度、海抜1,351mと夏でも寒いことがある(緯度は稚内とほぼ同じ)。今回旅したのは6月で、もうすぐ夏だった為非常に過ごしやすかったが、11月頃から始まる冬の寒さは想像を絶するらしい。そう言われてみれば、玄関が異常に小さかったり、窓が2重になっていたりと冬の寒さ対策を思わせるものが結構目に付く。

それよりも最も驚いた事のひとつが、モンゴルの「街」である。まるでヨーロッパなのだ。キリル文字借用に表されるように社会主義時代からロシアの影響を強く受けていたため、このような街並みになったのであろう。ひろみさんなどに聞いてみると 「へぇー、そうなの」 って感じなのだが、木などではなく、コンクリートで作られたカラフルな四角い建物。整然と整備された街並み。それに何よりアジアでは必須の、道に出た屋台がまったく見当たらない。自分の中ではモンゴルは「アジア」の最北という印象があったのが、すこしイメージが変わった気がする。食料品なんかを見ても東欧のにおいが強くする。飴やチョコレートなどの菓子類はほとんどがこれだ。
涼しさも相まってまるでアジアの混沌さが感じられないモンゴル。これだけ中国と関わりを持ってきて、これだけ中国の影響を受けなかった国というのは珍しいだろう。
 (写真左上:ウランバートルの街並み/写真左下:国立図書館)


図書館
国立図書館

思わぬところで新鮮だったのが、日照時間の長さである。夜10時ぐらいまでは明るい。最初に着いた日など20時、21時頃に何度も時計を見直したほどだ。暗くなるのが23時として、それからお風呂に入り、少しくつろいでいると簡単に深夜12時を回ってしまう。それでいて朝は普通にやってくるのだから、モンゴルにいるうちは寝不足になりがちである。

到着の翌日、早速ウランバートル観光に出かけた。昨夜は涼しく乾燥した気候のおかげで、久々ぐっすりと眠ることができた。10時頃ザイサントルゴイという近くの丘へ。空気が澄んでいて涼しく、とても気持ちがいい。景色もよく、ウランバートルが一望できる。その後、ひろみさんの友人を紹介してもらって食事し帰ると23時を過ぎていた。まったく日が暮れるのが遅い。
次の日、ザハ(モンゴルの市場)を歩く。特に目新しいものはないが、やはりロシアなどヨーロッパ製品が目立つ。これは見ていて楽しいのだが、ある意味まだ自国の産業が発展していない事を意味する。それでもモンゴルの民族衣装・デールや靴など興味深いものも幾つかあった。午後、これは何かの間違いだと思うのだが、ひろみさんの友人がパーソナリティーを務めるラジオ番組へ出演させられる事になった。一週間に一度、一時間日本語とモンゴル語で日本を紹介する番組ということだ。その中で日本語講座、そしてフリートークみたいなコーナーで少しだけ出演させてもらった。かなり緊張したが、すごくいい思い出になった。知人がいればこその出来事。

明日からは2泊3日で「ハラホリン」という街へ行く。昔の呼び名では「カラコロム」。その為、この日の午後は主に買出しに費やされた。食品市場へ行く。やはりロシアだ。大きく硬そうなパン。顔ぐらいある大きな丸いチーズ。寂しそうに並んだ果物達。この風景、自分にはまだまだ新鮮だ。カラコロム。なんか遠足みたいで楽しみだ。


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