4.エベレスト・トレッキング その1「1杯のミルクティー」
カトマンズを出発して30分、15人のトレッカーを乗せた小さなプロペラ機は、同じく小さな小さなルクラの飛行場に着陸した。予想よりもずっと小さい。本当に山の斜面に作られた山の飛行場である。機内からは美しいヒマラヤの景色が眺められたが、ルクラ到着直前には山の斜面すれすれまで近寄り、墜落するのではないかと心配になるほどだった。 無事に到着して、拍手が起こるのも何となく理解できる。 小さな飛行場に降り立つと、意外に寒いのに驚いた。温度計は7度を指している。カトマンズの服装では寒いはずだ。多くのネパール人が飛行場のフェンスに張り付いてこっちを見ている。シェルパだろうか。ガイドやポーターの売込みをしているのだろう。 荷物を受け取っているとちょうど多くの日本人ツアー客が現れたので、その後ろに付いて歩くことにした。こうすれば煩わしい売り込みを受けずに済む。 ルクラの街は通り一本の小さな集落なのだが、トレッキング用品店ずらりと並び、「ここが山なのか」と思うほど物に溢れている。毎日、下界から物資が届くので豊かなのだろう。前を歩いていた日本人ツアー客は、しばらくするとルクラの一軒のロッジに入って行った。皆さんご高齢なので休憩するのだろうか。 突如、道案内(?)を失ってしまったのだが、気付くとすぐ目の前に一人の女性トレッカーが歩いている。今朝カトマンズの空港で前に並んでいた白人だ。自然に会話が始まる。 「ひとり?」 「ひとりだよ」 歩きながら会話が進む。 「どこまで行くの?」 「カラ・パタールまで」 「ほんと?わたしもそうよ。一緒に行かない?」 「OK」 今回のトレッキングのパートナーがこうして決まった。彼女の名前はエミリア。イギリス在住のポーランド人。歳は恐らく同じぐらいだろう。仕事の休みを利用してエベレストを見に行くらしい。白人は大概何人かの仲間と来ているので、彼女のような単独のトレッカーはそれ程多くはない。いずれにせよ自分自身も単独のトレッキングはあまり望んでいなかったので、助かった。
そもそもトレッキングとはオランダ語の「Trek(旅をする人)」から来ており、1960年代外貨が欲しいネパール政府が、観光客誘致の為にヒマラヤの山歩きをトレッキングとして売り出した事から始まる。 そしてネパール政府は山歩きについて厳密に定める。雪線を越える6000m以上のピークを征する事を登山。それ以下をトレッキングとし、登山をする人々には高額な入山料を課し、それ以外のトレッキング客には安価で気楽に来て貰うようにした。 そんなネパールのトレッキングだが、そのコースはたくさんある。何故ならそれは現地の人々が生活の為に使っている道をそのまま歩くからである。地元の人が村と村を行き交う道や、畑に出掛ける道など。だからコースは無限大にあるといえる。 そして、その中でも多くのトレッカーが訪れる代表的コースが、 ・エベレストコース ・アンナプルナコース の2つである。 高度差があまりなく、比較的短い日数でも気楽に訪れる事ができるのがアンナプルナコース。起点はポカラの街。 そして高度差が激しく、比較的長い時間が掛かるのがエベレストコース。人気の秘密はもちろんエベレストが見られること。ネパール側からエベレストにアタックする登山隊もこのルートを通りベースキャンプに向うので、「エベレスト街道」とも呼ばれる。人気のあるコースだが、標高が高い為高山病になる恐れがあったり、起点となる街まで距離があるなど、それ程気楽には行けない。 今回自分が選択したのも、エベレストコース。もちろんエベレストを見る為だ。目指すはエベレストを目の前で拝めるという
さて、パートナーを得たところで、改めてトレッキングの開始である。 起点となるルクラの街だが、既にここで標高が2804mもある。周りは深い山に覆われ、遠くの方には雪をかぶった雪山も見られる。それにカトマンズと違い、空気がむちゃくちゃ澄んでいる。そしてものすごく冷たいので、思い切り息を吸うと肺の中が冷たくて痛くなるほどだ。でも、歩き出すと体が温まって、トレッキングにはちょうど良いぐらいになる。
多くのトレッカーや地元のネパール人とすれ違いながら山道を歩く。 道は変化に飛んでいて、岩だらけの道や砂埃が舞う道、川沿いを歩く道、そしてつり橋も多い。また道沿いに立てられた山の家は、岩をブロック状に削って作り上げられていてこれもまた山の景色に良くあう。時々見かけるチベット仏教のマニ車や塚などが、山歩きの雰囲気をさらに盛り上げてくれる。 「幸せだあ」 気候もいいし、空気も美味しいので歩いていても気持ちがいい。贅沢なことである。 07:00に歩き始めて3時間、10:00にパクディンに到着した。 さすがに早朝にパンをかじっただけだったのでお腹がすいてきた。ここで軽食をとる。頼んだものは小麦粉を焼いたようなチャパティとチャイ(ミルクティー)だったが、200ルピー近くも取られた。カトマンズだったら日本食の定食にビールが飲める値段である。
13:00過ぎに目的だった標高2835mのモンジェにようやく到着する。かなり疲れた。。エミリアも疲れて座り込んでいる。ネパールトレッキングは平地が多くて楽だと聞いていたのだが、予想以上に疲れてしまった。 今日はシャワーはなし。涼しいし、シャワーだけで料金を取られる。服もそのまま。それにしても白人ばかりだな。。日本人はツアー客以外は全く見かけない。 19:00に夕食を食べ、する事がなくなったので20:00就寝。星はものすごく綺麗だった。
山の夜を甘く見ていた。信じられないほど冷え込む。日本から持ってきた寝袋が全く役に立たなかった。量販店で買った3000円の安物だったが、夜の冷気が寝袋のビニール部分に当たり、逆に寒さを増してくる。上半身は持っていた服をすべて着込んで何とか凌げたが、下半身の冷えは異常だった。ふとももから足先まで完全に冷たくなってしまい、全く眠ることができなかった。2800mでこの寒さだから、今後は更に冷えるはず。ダウンの寝袋が絶対に必要だと思った。 うとうとしたまま朝を迎える。 07:00。エミリアはまだいびきをかいて寝ている。仕方ないので食堂に行く。寒い。。ここも寒い。ストーブがあるのだが、寒い。暖かいチャー(ミルクティー)を頼んで飲んだが、寒い。気温は7度だが、日が射さない分寒く感じるのだろう。
歩き出してすぐにジョルサルに着いた。ここで国立公園の入場料を払える。自分は既にカトマンズで支払い済みだったので、そのまま素通り。エミリアは支払っていた。 そのまま歩き続ける。今日も素晴らしいほどの快晴だ。空が青く、そして高い。ただし、非常に乾燥しているので埃がすごい。インドで使うために持ってきたマスクを使用する。 多くのトレッカーとすれ違いながら、非常に高いつり橋に差し掛かる。これまでもたくさんのつり橋を渡ってきたが、ここは一段と高い。高い場所が苦手な自分には非常に辛い。エミリアは何食わぬ顔して先に渡っている。そうである。彼女は何故か非常に元気で、常に自分の先を歩いている。女性なんだけど、仕方がない。向こうの方が体力があるようだ。。 恐る恐る橋を渡ると、そこからは情け無用の上り坂が待っていた。 後に「ナムチェ坂」と命名した高度差約600mの上り坂である。最初はあまり何も考えずに登っていたのだが、登れど登れど坂は終わらない。ヤクの群れに追われながら無心に足を動かす。スピードは超のろのろ。足場が悪い為もあるが、足もだんだん上がらなくなってくる。標高も高いので息もすぐに切れる。それでも頑張って水を飲みながら上り続ける。 歩き始めて2時間半、石積みされた休憩場のような所に出る。ちょっと休憩。 数人の人で賑わっており、みかんなどの果物も売っている。すると白人トレッカーが1つの山を指差しながら、写真を撮っているのに気付いた。あの形は。。 エベレストだ。小さいけれどエベレストとローツェがはっきりと見える。初めてのエベレストの対面だ。と言ってもまだまだ小さい。待ってろ、エベレスト。カラ・パタールまで行って拝んでやる。
それにしても昨日同様、このナムチェ坂でも素晴らしい景色が続く。6000m、7000m級の山はもちろん、その他の山や谷、川なども非常にスケールが大きく美しい。疲れていなければ本当にゆっくりと山の景色を楽しみたいものである。 かなり意識もうろうとしてきた頃、ようやく、本当にようやくナムチェの街が見えてきた。既に13:00近い。警察のチェックポイントがあり、とどめの石段攻撃を食らい、ようやくナムチェのメインストリートに辿り着いた(標高3440m)。
品数といい、品揃えといいまるでカトマンズのタメルのようである。このエベレスト街道一の街だとは聞いていたが、よくぞこの山の中にこれだけのものを作り上げたのかと感嘆する。さすが正式名称「ナムチェ・バザール」。 そして当たり前なのだが、ここには車道はなく車はない。人やヤクの手でここまで運ばれてきた物ばかりだ。分かっているのだが、あまりにも物が溢れていてその実感が湧かない程である。 宿にチェックインし昼食を食べてから、寝袋を探しに出かけた。 たくさんの白人とレッカーとすれ違いながら、冷たい風の吹くナムチェの街を歩く。もちろん町の中にもヤクがたくさんおり、独特の首につけた鈴の音や、道には糞がある。売られている物の値段はもちろん高い。ほとんどが人力で運ばれているのだから仕方がないのだが、カトマンズの物価になれた者にはちょっと辛い。 必要なのはダウンの寝袋。持ってきたビニールの寝袋では全く役に立たない。探していた物はすぐに見つかったが、予想より随分と大きい。持っているバックパックに入れると半分ぐらい埋まってしまう。販売品は価格も高かったのでレンタルにすることにした。それからももひきとウインドブレーカーを購入した。 ナムチェの宿には布団が用意されていたので、暖かく眠ることができた。ビニールの寝袋でも布団が厚ければ温かいようだ。 07:00に起きる。今日は高度順応(体を低酸素に慣れさせること)の為、近くのシャンボチェまでショートトレッキングに出掛ける。シャンボチェとは、綺麗にエベレストが見られるビューポイントだ。 07:30に出発。ナムチェは山肌に作られた街なので坂が多い。歩き始めてすぐに息が切れる。高地なので仕方がないが、あまりの体力のなさに情けなくなる。 今日ももちろん快晴。ナムチェから見られるコンデ(6146m)も美しい。息が上がって大変なのだが、真っ青な空に白い山が疲れを忘れさせてくれる。シャンボチェへの道は標識など何もないので、地元の人々やすれ違うシェルパに尋ねながら先に進む。夜は相当冷え込むのだろう、日陰になっている部分の草には霜が降りているものも多くあった。 どんどん上り坂を登る。登るごとに新しい白い山が見えてきて新鮮なのだが、やはり息がぜいぜいと上がる。本当に上り坂ばかりなのできつい。 1時間ほどで平らな場所に出た。地元の人に聞くと、「空港」だという。管制塔も事務所もない。本当にただ平らな場所である。しばらく見ているとヘリコプターが着陸してきた。なるほど。これなら大丈夫だ。
意外にもこの空港がある付近がシャンボチェだった。 しかし通りすがりの人に話を聞くと、この先にエベレストビューホテルがあり、そこからの景色は素晴らしいとの事。ビューポイントもあるそうなので、行って見る事にした。 しばらく歩き背の低い木々を通り抜けると、突然視界が開けた。 「すごい!」
ここからでも十分満足なのだが、更に先にあるエベレストビューホテルを目指す。 と、歩き出してすぐに1羽の鳥が目に入った。エミリアが叫んでいる。ネパールの国鳥・ダフェだ。我々に気付いてすぐ逃げて行ったが、ものすごく美しい姿だ。七色の体が、茶色とくすんだ緑しかない山肌に、美しく光っている、ああ、何て運がいいんだろう。 それにしてもこの山々の素晴らしい事。壮大なのである。スケールがでかい。本当に美しい。写真では伝えきれないのが、本当に残念である。 一応、動画を付けて置くのでそちらで雰囲気だけでもどうぞ。
歩き始めて2時間30分、ようやくホテルに到着。朝食を食べないエミリアがお腹がすいたと言っているので、ホテルのレストランで軽食をとることにした。 もちろん予想はしていたが、エベレストビューのレストランからはこれまた贅沢な眺めを楽しむことができる。何せその名の通り、エベレストを眺めながら食事がとれるのだ。ミルクティー(95ルピー≒130円)と非常に高価なのだが、エベレストを眺めながら飲む1杯は、本当に本当に贅沢で最高な1杯だろう。日本人のツアー客も来ていたが、皆口々にエベレストの眺めを堪能している。エベレストを見る為にここにやってきたのだが、正直ここでも十分だなあ、と思ってしまった。
十分にエベレストの景色を堪能してから、シャンボチェを下る。 下りは驚くほど速く足が進む。ショートトレッキングは決して楽ではなかったが、疲れ以上に素晴らしい1日になったので非常に満足であった。 明日からは再び奥へ向う。とりあえず難所のタンボチェへの道が待っている。
データ:
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