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2003年4月26日〜5月3日
From Nagoya





1.芸術の街「ウブド」
2.シーフードの街「ジンバラン」と遺跡の街「ボロブドゥ−ル」
3.もう1つの遺跡の街「プランパナン」








1.芸術の街ウブド

静まり返った名古屋空港

あっという間に出発の朝が来てしまった。毎回の事だが出発の前には必ず体調を崩す。今回は風邪だ。出発前日になっても熱が下がらず、体がだるい。力が入らず、軽い酩酊感すら感じる。近所の薬局で解熱剤を買っておくことにした。薬剤師のお姉さんに熱があると伝えると、「体重いでしょ?ちゃんと栄養のあるものを食べてゆっくりしなきゃダメですよ」と言われた。明日からインドネシアに行くなどとはとても言えない。    

翌日正午過ぎ、名古屋空港に到着。ゴールデンウィーク初日なのに国際線出発ロビーは波を打ったように静かである。時々響くアナウンスが誰もいない空間に空しく響き渡る。これも皆SARSなどという新型肝炎のおかげである。かかかっ。この時期にアジアに向かう物好きな他の日本人を目にしながら、出発手続きを行う。未だ風邪は完治しない。    

出発前の恒例行事と言えば、トラブルもそうだった。今回は出発便の遅れ(ディレイ)から始まった。これは前日に旅行会社から連絡を受けたのだが、それよりも何も帰りの便が、出発の空港(名古屋)ではなく成田空港に変更されたことが痛かった。なんでも例の肝炎のお陰で客足が減り、大阪や名古屋等の他の地域へのフライトをすべて成田に一点集中させたいとのことらしい。名古屋までの新幹線代などはすべて出してもらえたからいいのだが、なんとも面倒なことになった。
追い打ちをかけるように出発時間も遅れた10:30からさらに14:00に。空港に着いてみてさらに15:00になっていた。インドネシアに着くのは22:00過ぎになるという。。もうどうにでもなれ。

インドネシア行きを決めたのは、単純にボロブドゥールという遺跡を見たかったからである。地元からバリ島(デンパサール空港)への直行便があったのも運が良かった。飛行機に乗り込んでからちょっとガイドブックにてお勉強。
1万7,500以上もの島々からなる多民族国家インドネシアは、面積では日本の5倍、話されている言語は細かく分けると3,000以上にもなるという楽しい国である。それぞれの島でそれぞれの文化が育ち、それぞれの違った民族が暮らし、それぞれ異なった価値観がある。バリと言えば、もしかしたらインドネシアでは首都ジャカルタよりも有名なところかもしれないが、そんな有名なバリ島でも興味深い文化や混沌とした生活がそこにある。
・・・これ以上のことを覚えていないのは、多分飛行機の中で寝てしまった為だろう。
   

空港内にあったSARSの看板
空港内にあったSARSの看板

轟音と共に、予定通りデンパサール空港に真夜中に到着。夜の空港ではお決まりのオレンジ色の電燈が寂しく灯っているのが見える。関係ないが、この色の電灯を見るとなんとも寂しくなってくる。機内で偶然知り合ったナガさんという男の人と共にウブドへ行くことにした。  
このナガさんという人がまたすごい人で、以前オーストラリアを1ヶ月旅行しただけで旅の経験はほとんどなく、今回も何の予定も立てずにここまで来てしまったらしい。こちらのウブドへ行きに同行することになったのだが、「いやー、着いてからどこへ行くのか決めてなかったんで助かりましたよ。」と、笑って話す彼はすごい人だと思った。この先バリ島にいる間はずっと一緒にいる事なるのだが、旅の経験こそ自分の方が長いとしても、旅人としての器はかなわないと思った。  
空港自体、清潔ぐらいで特に特筆することはないのだが、SARSのポスターだけがやけに目立っていた。 


ウブドの絵画屋
ウブドの絵画屋

8時半に目が覚めた。昨夜は疲れていた為か爆睡だった。それにしてもバリは暑い。昨夜飛行機から降りた時、むわっという暑く重苦しい空気に押し潰されそうになったので嫌な予感はしていた。うーん、やはり暑い。青い空に白い雲とこの上なく快晴なのは嬉しいのだが、歩き始めて10分でもうフラフラになって来た。予想よりもはるかに暑い。本当はもっとこの暑さについて書きたいのだが、あまり書いていると気が滅入ってくるのでもうやめる。  
それよりも不思議なのが体調である。風邪の調子が良くなって来ている。ほとんど平常と変わらない。熱も下がっているようだ。旅に出ている為か?なんとも体は正直だ(笑)

今バリで宿泊しているのは、ウブドという芸術の街である。デンパサールの空港から北へ車で1時間ほど行った所にある街で、バリの芸術、文化の中心地である。外国人が集まる中心地は自転車で動ける程であまり大きくはないのだが、この周辺にある村々を含めた大きな区域を総称してウブドと呼んでおり、これらを全部含めるとかなり広くなる。そしてここで国際的にも評価の高いバリ伝統舞踊やバリ絵画が楽しめるというわけだ。 

で、恥ずかしい事なのだが、その国際的にも評価の高いバリ伝統舞踊とはなんぞじゃ、という感じで出発直前までその存在を知らなかったのだが、ここに来てその迫力に魅入られる事になる。ケチャダンスである。ケチャケチャケチャ。    

バリのケチャダンス
バリのケチャダンス

その後もレンタルサイクルで街をぐるぐるしていたが、何よりあまりの暑さにすぐにダウン。おとなしく宿で夕方のダンスが始まる時間まで休むことにした。

ケチャ、ケチャ、ケチャ。午後7時、そう言いながらたくさんのインドネシア人が踊りながら入ってきた。いよいよケチャダンスの始まりである。  

「ケチャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ、ケチャ、クチャ、ケチャ、チャッチャッ。」  

初めこの異様な光景に見入られ体が動かなかった。およそ100人近くの白黒の腰巻一つだけの男たちが、4,5重の輪を作り、リズムをずらしながら、「ケチャ、ケチャ」と叫んでいるのだ。しかしながら全体では一定のリズムがあり、その他の音とうまく調和している。なかなかのものだ。さらに、全員で輪を作り声を発する事により、空間に響きができ、首を左右に同時に振ることにより音の移動がまるで立体音のように感じる。いやいや、これはすごい。この感じはどうだろう、例えれば難しいが、ど田舎の夜、蛙の大合唱を田んぼの真ん中で聞いている、そんな感じだろうか。  

このケチャの元の形は、バリで古くから行われていた集団催眠による宗教儀式で、伝染病や天災から身を守る為、村人達が神のお告げを聞く儀式として行われていたものが始まりだと言う。そして、意外にもこのダンスを創案したのは外国人のアーティストとの事だ。現在のものは主に観光用パフォーマンスとして行われている。約1時間ほどのダンスで、それは「見せる」為に作られているので、それほど飽きが来ることなく楽しめる。北タイならタイダンスのカントークディナー、モンゴルならホーミーを堪能できるモンゴル民族舞踊がこれにあたるだろうか。    

動画でどうぞ。


ケチャダンスの動画。是非音も聞いてください。



「いやー、よかったですね。」  
ダンスの後、帰り道をナガさんと歩く。本当に良かったと思う。自分の予想よりはるかに楽しかった。もともと期待して行ったものというのは、その期待期の大きさに負け、大した印象もなく終わってしまうのだが、ケチャダンスはその期待に応えてくれるだけの踊りだった。バリは暑いのでもう来る事はないかななどと思っていたが、このケチャダンスだけでもまた見に来たい。良かった良かった。  
そんな興奮に浸っていたいた為か、、、スキがでた。 カプッ。後ろから犬に噛まれた。不意にやられた。左足である。「うわっ」すぐさま犬を睨みつけると、弱々しい目をして痩せこけた犬が逃げて行った。すぐさま噛まれた左足を見る。幸い痛みはない。外傷もほとんどない。少しふくらはぎが赤くなっている程度だ。しかしながら「狂犬病」の文字が浮かぶ。この日はナガさんとビールを飲んで帰ったが、それからしばらくこの3文字が頭から離れないこととなる。    






2.シーフードの街「ジンバラン」と遺跡の街「ボロブドゥ−ル」

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