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2002年12月26日〜31日
From Chiangrai





1.首都ヴィエンチャン
2.古都ルアンパバーン









2.古都ルアンパバーン

朝4時半に起床。今日は朝一のバスで古都ルアンパバーンに向かう。眠そうなゆうじ君に別れを告げ、6時半のファンバスで、いざ出発。と思ったら、1時間後にパンクで停車。先が思いやられる。なお、今回は何とかファンバスで座席に座ることができたのだが、あと少し遅れていたら恐怖の「プラスチック椅子」(注)になるところだった。
(注:座席の座席の間にただのプラスチックの椅子を置くだけのもの。これで10時間近く耐えなければならない)




4時間後、10時にバンビエンに到着。中国の桂林を彷彿させる華麗な山々が並ぶ町である。最近、バックパッカー達の沈没地になりつつあるのもうなずける。静かでのんびりしている。時間があれば寄りたかったところだ。


ルアンパバーンへのバス車内 バスの中 峠で休憩


これからが長かった。さすがに一時期騒がれた「山賊」こそ出なかったが、人数、荷物共に相当オーバーの我がオンボロバスは次々と後発のバスに抜かれ、結局ルアンパバーンに着いたのは、11時間半後の17時半だった。これまでいろいろバスに乗って来たが、かなりしんどかった方に思える。
雰囲気は動画でどうぞ。

ルアンパバーンへのバス



道中知り合ったナカさんと宿をシェアする(35,000Kip≒3.5ドル)。とりあえず川沿いのレストランでビールを飲む。目に入ってきた川を見、このメコン川を挟んだ対岸は我がタイ国か・・・なんてふけっていたのだが、あとから考えたら対岸はまだラオスだし、川もメコン川でもなんでもなかった。偉そうにナカさんに語っていた自分は、かなりアホだった。

ここで少し考えることがあった。ここで働いているボーイが自分はタイ人だと言って来た。18歳。なんでも15歳でこの地に捨てられて、使用人として働いているそうだ。こちらが話していたタイ語を聞いて懐かしくなりやって来たという。しかしながら、あやしい。タイ語は上手いのだが、若いラオス人は皆上手い。話すきっかけ作りかどうか知らないが、何度もデザートを「間違えて」持ってきた。こちらの話したタイの地名も知らない(聞いたことはあるらしい)。本当にそのような境遇ならチップでもあげていただろうが、何もやらずにそのまま帰ってきた。悪いが、いまいち信用できなかったからである。本当のところはどうなのであろうか?

王宮博物館 ワット・シェーン こういう雰囲気好き

爆睡だった。9時起床。やはり昨日のバスの疲れは相当なものだった。ナカさんとふらふらフランスパンを食べに行く。それからダラダラ観光へ。旅の醍醐味である。
素晴らしかったのが、王宮博物館にある建物群。古都ルアンパバーンの王宮だった建物を博物館として公開している。様々な展示品を見学でき、一見の価値有り。


博物館 こういう細工は好き ラオス式のお寺かな


そもそもルアンパバーンとは、タイ系ラオ族が、1353年に当時のランサン王国の首都としてこの地を選んだ事に始まる。ビルマやシャムの侵攻、フランスによる植民地時代の激しい戦火をくぐり抜け、首都が今のヴィエンチャンに移った後も、ラオ族の文化の中心として現在に至っている。多くの建物はフランス植民地時代に再建されたものだが、それでも白壁に覆われた高床式の家屋や高い三角屋根の寺院建築など、ラオス独特の建築様式を守り続けている。1995年世界文化遺産に登録された。


ラオ族文化の街、古都ルアンパバーンだが、その街並みはそれに似合わず予想より観光地化されていた。多くの土産屋や旅行代理店、白人好みのレストランなど他の観光地とそれほど変わりはない。それでも森に深く覆われているためか、古都の持つ穏やかな時間の流れの為か、ここには人を和ませる独特の雰囲気がある。居心地はいい。

プーシーの丘へ。こんな所も金がかかるのかと思うほどのところだった。階段はとても疲れたし、上からの景色もイマイチだった。メコン川はきれいだったが。


お店も並ぶルアンパバーン 乗ってみたかった プーシ―の丘


夕食はカオパット(チャーハン)、春巻き、カオソイ(カレー風麺)にビールと、かなり食べまくった。満足である。ルアンパバーン最後の夜を迎える。


いよいよフエサイである。旅も終わる。7時起床。ナカさんが送ってくれた。今日はスピードボートでメコン川をのぼり、タイとの国境の町フエサイへ行く。8時半スピードボートが出発。速い。そしてうるさい。狭くて、尻が痛い。(950B≒3,000円) 休憩は一度きりぐらいかと思っていたが、結構何度も停まってくれた。
それにしても寒い。かなり着込んでいるのに、それでも寒い。時速80K/m以上は出ているだろう。スピード、寒さ共に予想以上だった。景色は目まぐるしく変わるので、それほど退屈はしなかったが、爆音と寒さで結構しんどかった。雰囲気は動画でどうぞ。


ルアンパバーンへのスピードボート



そろそろ飯だろう、と思っていた12時半過ぎ事件は起こった。前を走っていたスピードボートが転覆していたのである。ボートが沈み、投げ出された白人達何人かがメコン川を必死に泳いでいた。かなりショッキングな場面である。異変に気付いたボートの運転手が転覆しているボートに近づく。近づいてみるとさらに悲惨な状況だった。白人男性が水の中にもぐり、落ちてしまった皆のバックパックを引き上げ、また違う男人は転覆したボートを引き揚げようと泥まみれでロープを引っ張っている。メコン川に入りロープを切るナイフを口にくわえている白人男性は、まるで映画のワンシーンのようにさえ映った。


ここから乗船 出発前 ボート転覆・・・


幸いにも皆無事で、けが人もなかったようだったが、荷物も服もびしょ濡れになってしまっている姿には言葉がなかった。一緒のボートに乗っていたイギリス人夫婦が、肩を抱き合わせながら首を横に振っていたのが特に印象的である。それでも白人特有の明るさで、皆この事態を楽しんでいるかのように思えたのはさすがである。ちなみに写真はその時のものだが、これを撮るかどうか結構悩んだ。


16時半、無事フエサイに到着。予定よりずいぶんと遅れてしまっているのだが、それよりも事故を見てしまってからのスピードボートは正直生きた気がしなかった。正直怖かった。明日の大晦日にタイに渡るつもりなので、今日はここで宿泊。本当に何もない町ですぐ寝てしまった。耳鳴りは次の日になってもとれなかった。


転覆後はボートも怖かった 到着 タイへ



つまらないつまらないと聞いていたラオスだったが、自分の中では評価は高かったように思える。旅の中で会った多くのラオス人が親切で純粋だった。特別にどこが良く、特別にどこが良くないという感じだが、全体に居心地が良かったのが楽しめた理由だと思う。自分に合った街、これは旅をする上でとても大切な要素である。山好き田舎好きの人にはお薦めの国かなと思う。


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