5.世界遺産「大足」と、仏の里「安岳」 松潘はとても寒い。朝とはいえ吐く息は白いし、立っているだけで凍えてくる。6時のバスだったので5時過ぎに起きたのだが、真っ暗だし早朝の風も体に刺さるように冷たい。 成都までのバスは先の強烈値切り屋中国人カップルと一緒である。日本語に興味があるようでバスの中で色々質問された。彼らとはいい感じで話をしていたのだが、あるビデオが車内で流されてから会話が止まってしまった。 日本軍と中国軍との戦争の映画である。 それも内容が酷い。とにかく卑怯な手段でお互い殺し合う。特に日本軍のやり方は目を当てられぬほど。結局お互い散々死にまくって映画は終わるのだが、気まずい雰囲気ができてしまったのは言うまでもない。 15時、茶店子バスターミナルに到着。中国人カップルに別れを告げ、そのまま交通飯店に向かいチェックイン。次の目的地は美しい石窟がある世界遺産「大足」。 早速隣のバスターミナルで大足行きのチケットを買おうとするが「ない」との事。親切にも「五桂橋」という地名を書いて見せてくれた。地図で確認するとそれは成都南東方面にある五桂橋バスターミナル(成都総合バスターミナル)である事が分かった。それにしても成都はバスターミナルが多い。ちょっと数えただけでも10以上はある。ここまで増えると逆に不便だ。
何故大足行きの直行バスがないのだろうか。成都からもそんなに離れている訳でもないし、世界遺産の有名な場所でもある。しかも大足は今でこそ重慶市に組み込まれたが、以前は四川省。仲でも悪いのかな。 ちなみに後で郵亭を地図で確認すると、大足から南に30kmほどにある街のことだった。 翌日、8時前にバスに乗るが、意外にも郵亭行きのバスではなく「永川」行きのバスに乗って途中下車をしなければならないようだった。終点ではないのでバスの中であまり寝る訳にはいかない。と、思っていたのだが走り出してすぐ寝てしまった。2時間ほどして目が覚めてみると郵亭の手前まで来ていた。危ない危ない。 郵亭で降りるのは自分ひとり。さびれた場所だ。一応バスターミナルなのだがチケット売り場に人っ子一人いない。外にいた人に大足行きのバスを聞くと、「来る」との返事だった。来るという事なのでそのまま待つ事にした。数分後の11時30分過ぎ、大足と書かれたバスがやって来た。良かった。(7元) 12時過ぎには大足バスターミナルに到着。といってもどこのバスターミナルか分からない。まあそのうち分かるだろうと思い、近くの宿にチェックイン。バスターミナルで偶然見つけた「宝頂山」行きのミニバスに乗る(4元)。 大足とは多くの石窟があることで有名で世界文化遺産にも登録されている。唐朝末期から、五代、宋代、そして明、清代と長きに渡り石窟が彫られ続け、その数は最終的には5万体を越すにまでなった。大足では特に「宝頂山」と「北山」の石窟が代表的なものである。
ちなみにここらに石窟文化ができた背景には、唐時代、楊貴妃が殺された「安史の乱」が起こった際、玄宗皇帝は蜀(四川)に難を逃れて来た。 その時、優秀な技巧を持った職人も一緒に移り住み、その為四川には多くの優れた仏像やお寺が作られるようになったそうだ。中原の文化が四川で花開いたのである。それは大足の次に訪れる予定の「安岳」でも同じで、多くの優れた石窟などが残っている。 宝頂山行きのバスは、多くの野菜や麻袋を持った老人や子供で溢れていた。初め、「本当にこれが観光地行きのバスか?」、と思っていたのだが、そのうち途中で皆次々と降りて行ってしまった。市民の足にもなっているようだ。 その後宝頂山に到着したが、降りた場所はお土産やレストランがたくさん集まった地区で、ここから石窟入口に行くには更に数十分歩かなければならないとの事だった。有料の電動カーも走っている。つまり少し離れた場所で客を降ろし、入口までの運賃を取ろうという訳だ。 なんとも姑息な手段。頭に来たので歩いて入口まで向かった。(徒歩約10分) チケットを購入し入場すると、いきなり日本の団体客に出会った。ちょっとびっくり。ちなみに「英語」で話しかけられたので、思わず英語で返してしまった。 石窟自体は実に見事なものである。すごく凛々しく、たくましく、そして圧倒的な迫力を持っている。 中でも千手観音の石窟は言葉に現せないほど素晴らしい。何本あるか分からないが本当にたくさんの手が彫られ、見る者を包み込む。本当にこんな観音様がいればみな幸せになるだろうなと思う。千手観音好きにはたまらない一品。
他にもひときわ大きな「華厳三聖像」は、毘盧舎那仏を中心に普賢菩薩と文殊菩薩が並んでいる。高さは7mでこの辺りで最大のものらしい。見上げるほどの大きさだ。 千手観音像から先に進むと、「大足」と言えばいつも紹介される有名な上半身だけの涅槃仏がある。多くの人が写真を撮っている。でも、決して悪くはないが、先ほどの千手観音が良すぎたのでどうもいまいち響いてこない。いい仏様なのだが。。
ちなみに先ほどの日本人団体にここでまた会ったのだが、その中のおやじの1人が自分のデジタル一眼を見て、「おお、日本製のいいカメラ持ってるぞ!」と言っているのが聞こえた。そりゃまあ、一応日本人ですから。しかも写真好きの。それよりそんなに日本人に見えないのかな。。
その後も多くの仏像達が我々観光客を楽しませてくれた。細かな衣装や表情豊かな作品はここ大足の特徴で、仏像好きならずとも心惹かれる仏像に会えるだろう。
宝頂山石窟を満喫した後、時計を見るとまだ15時だった。明日行こうと思っていた「北山石窟」にも行けるのではないかと思い、市内に戻ってから徒歩で市内の北、北山公園にあると言うその石窟に向かった。 しかしこれが結構遠かった。何度も何度も人に道を聞き、ようやく北山公園入口に到着。見上げると噂通り長い階段が続いている。成都より随分と気温が高く、既に汗まみれになっているがそのまま階段を上がる。 階段も予想よりも随分長い。さすが「山」である。途中何故か遊園地みたいな場所やら、将棋を指す中国人のグループの横を抜け、16時、ようやく北山石窟の入口に到着。くたくたである。 入場すると今度はフランス人老人グループに出くわす。ここには日本人ツアー客はいないようだ。 初めに見事な毘沙門像が出迎えてくれる。なんとも凛々しい仁王立ちだ。フランス人の老人達はみなパシャパシャゆっくり写真を撮っているので先に進む。 北山石窟は、先の宝頂山石窟が庶民色の強い仏像が多かったのに比べ、純粋な仏教信仰からの作品が多いとされる。どれも表情が繊細で、それでいて力強い。これを彫った人々がどのような気持ちで作り上げたのかが伝わってくるようだ。
量は宝頂山の石窟に比べるとやや少ない。それでも仏像好きなら訪れておきたい場所であろう。 宿に戻り、明日の安岳行きのバスを予約しにバスターミナルに出かける。当日のみの販売でチケットは購入できなかったが、大足からは結構本数が出ているようだ。 ちなみにここにバスのルートマップがあったのでずっと見ていたのだが、やはり「成都」の文字がなかった。窓口で聞いていないので分からないが、やはり成都~大足間の直通バスはないのかもしれない。 夕食に久々にビールを飲む。ここは重慶に近いせいか蒸し暑く、その為ビールが美味い。冷たいビールが暑さと疲れを一瞬忘れさせてくれる。
臥龍でもそうだったが、あまり情報のない街に来るのは楽しい。どんな街だろう、何があるんだろうと考えるだけで心が踊る。その分街の把握や宿探し、観光手段と全て到着後自分でしなければならないので、時間は掛かる。まさに頼れるのは己のみ。一人旅の醍醐味だろう。 もちろんここ安岳も、行きたい仏像のあるお寺の名前しか知らない。ガイドブックにも街の情報はなし。・・・と言う訳で、とりあえずは宿探し。 まずバスターミナル付近で当たってみたが、ほとんどない。2軒あったがどうもいまいち。仕方ないので市内に向かうだろう道へと歩き出したが、建物がほとんどなかった。後に市バスで市内に行けばそれなりに宿の看板を見つけることができたのだが、この時点では街の大きさすらわからなかったので、やむなくバスターミナルの横に併設されている宿にチェックインした。 バスターミナルで安岳の石窟について情報を探るが、水を売っている程度でまともな情報はなかった。 安岳で行きたいのは、「円覚洞」と「毘盧洞」と言うの2つ石窟である。円覚洞には仏像の定説を破って斜め前を向いている仏像があり、そして毘盧洞には、「東洋のビーナス(よく聞く表現だが・・)」と呼ばれる水月観音(紫竹観音)という美しい女性の観音様がいる。 と言う事で、近くにいたタクシー運転手にこの2つの名前を書いた紙を見せると、どうやら円覚洞は近くにあるらしいが、毘盧洞はかなり遠くにあることが分かった。ちなみにこれは毎度の事なのだが、1人に見せるとすぐに5,6人の人が集まってきてああだこうだと言い合いを始める。 いつまで経ってもまともな返事が来ないので、「行けるのか行けないのか、行けるなら幾らだ」、と聞くと、「150元」と言う信じられない回答が帰ってきた。高すぎ。却下。 その後、毘盧洞だけなら60元で行くとのオヤジが現れたのでよく話を聞いてみると、往復+待ち時間(1H)を含めた価格だったので了承した。でも、連れられた先にあったのはバイクだった。まあ仕方ない。 真っ青な空の下、おやじのバイクにまたがる。ちなみに走り出して気付いたのだが、今朝大足から来た道を戻っているようだ。尻が痛くなるほど走った後、今朝通った「石洋」という街まで戻って来た。オヤジ、場所を知らないようで地元のバイタクに何度も道を聞いている。どうも行った事がないらしい。 バイクで少し山を登るとそれらしき建物が見えてきた。到着。時計を見ると12時15分。何と1時間も乗っていたようだ。 早速オヤジに「観光してくるからここで待っててくれ」と言うと、俺も行くと言い出す。それより「80元よこせ」と言い始めた。60元しか払わんと言うと、何だかんだ理屈をこね始めた。 何でこの手の人間(中国人ばかりじゃないが)はいつもこうなんだ。まともに約束を守ろうとしない。時間のムダ。放って置いて中に入ることにした。
入場料15元、大足と比べると随分と安い。いずれ値上がると思うが。仏像の数は少ない。さっと見るだけなら10分で終わってしまうだろう。しかしここには水月観音がある。この旅で一番見たかった仏像である。
ああ、見事だ。美しい。片膝をつき、手をのせ、うつろな方向を見ている。これだけくつろいだ観音様は見た記憶がない。それでいて優雅だ。大きさも想像していたより大きく、しかも頭上より高い位置に彫られているので、正に上から見られている状態だ。思わず見とれてしまう。 ちなみに撮影禁止だったが、一応係員に「撮ってもいいか」と聞いてみると、「いい」との返事。何の為の看板か分からない。田舎だからか?と言う訳で撮影。撮りながらファインダーを覗いている自分が少し興奮している事に気付いた。 紫竹観音の名の由来は、後ろに竹が彫られていてそれが紫色に見えるからそう呼ばれるようになったそうだ。服装は唐時代の物でその優雅さも見事に表現されている。また、モデルは彫刻家の恋人とのことで、顔はとても少女のように若い。 しばらくこの美しき観音様を眺めていたのだが、バイクのオヤジがうるさい。何故か入場料も払わず一緒に入ってきて、中国語で何だかんだと言っている。挙げ句の果てには1時間も経っていないのに、「行くぞ」と急かす。また、他の寺にも行かないかと聞かれたが、契約を途中で変更するのは危険だったのでそのまま安岳に帰る事にした。と言うより信用できない。 再び1時間掛けて同じ道を戻り、安岳に入る手前でオヤジが止まった。 「80元よこせ」 いい加減頭に来た。「60元の約束だろ、忘れたのか?」と聞いても、何だかんだ理由をこねて来る。しかも、訛りが酷すぎて何を言っているのかまったく分からない。でも、これからの旅行者の為にもここで引き下がる訳には行かないので、留学中に身に付けた奥の手を使う事にした。 「去公安 ![]() 一瞬オヤジの口が止まる。それでも何だかんだ言うので、強引に腕を掴み「公安へ行こう」と先に進む。公安に行って再度話をしようと言うと、大声で何か言いながら去って行った。 嫌な気分である。実際公安(警察)などへは行った事はないが、ここで話し合うよりかは安全である。こちらは約束を守っている訳なので非はない。最悪、省都である成都の公安まで行ってやり合うぐらいの覚悟はできている。ああ、疲れた。 安岳のバスターミナルで一休みする。建物自体はそれなりに大きく、外よりはずっと涼しい。水を飲みつつ休憩。もう1つの石窟、円覚洞へ行きたかったがチャーターはもう嫌だったので別の方法を考える事にした。 すると偶然先ほどは見つからなかった安岳の地図を発見。かなりでかく高額だったが購入(8元)。すると街の南方に目指す円覚洞の名前がある。これか?分からないが行ってみる価値はありそうだ。幸いバスターミナルから市バスも通っているようなので、自力もで行けそうだ。 早速1番のバスで市内中心部付近まで行き、そこから歩く。結構遠く、そして暑い。へとへとになりながらようやく15時に目指す場所に辿り着いた。「円覚洞」と書いてある。間違いない。 入場し少し階段を上るとあった、これだ。北崖に彫られた西方三聖像。斜め前を向いた仏様だ。
なんとも優しい顔をされている。見ているだけで癒されるようだ。顔が斜めを向いているのは、拝みに来て、周りを囲んでいる民衆一人ひとりと会話でもされているのだろうか。これを造った人はどんな思いを込めて彫ったのだろう。本当に頭が下がる思いだ。 ここ円覚洞もそれ程多くの仏像はないが、これだけ変わった仏様を見られただけで安岳に来た甲斐があった。本当に見入ってしまう。先の水月観音といい、本当に安岳の仏様は独特で、優雅である。ここ円覚洞へは自分で歩いてきたので、時間を気にすることなく1時間近く眺めていた。 ちなみここ円覚洞では、この西方三聖仏のみ撮影禁止。今回も期待を持って係員のおやじに聞いてみると、今回は「ダメ」とのこと。その後、おやじとの会話の中でねばって許可を貰ったのだが、それより何故大足では撮影ができてここでは撮影禁止なのだろうか。今回は偶然運が良かったのだが、禁止なら全て禁止にするべきだろう。暗い石窟の中にある仏像なら話は分かるが。。
安岳にはまだまだたくさんの石窟がある。バスに乗っていても、あちらこちらで「○○石窟」といった看板を目にする。さすが「仏の里」である。時間があるならば納得行くまで訪れてみたいが、そろそろ旅の時間も少なくなってきたので、ここで安岳を発つ事にする。 次の目的地は「ロウ中」。清明代の古い町並みが残っている場所だ。それにしても四川は本当に見所が多い。
6.古き街「ロウ中」と、再びパンダ基地 Homeにもどる |