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2006年7月8-11日



小説・イサーン記
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小説・イサーン記(3)

燦燦と太陽が輝く下、男は幹線道路の三叉路に降り立った。
異国の地でバスを途中下車する。これまでバスに任せっきりにしていた自分の体の行き先が、突然なくなる。突然すべてを失ってしまった気になる。インドのオルチャに行く時もそうだったが、この感覚、男は嫌いではなかった。男に襲い掛かる不安、こいつと対峙する時、男はより自分の存在感を感じる事ができた。不安である以上決して好きではないのだが、嫌いでもないのはその為である。




幸いすぐ近くにトゥクトゥクが2台ほど止まっていたので、歩いて遺跡まで行くことだけは避けられそうだった。早速交渉を開始する。トゥクトゥクの運転手は久々の客なのだろうか、とても嬉しそうな顔をしている。

「片道100B」

トゥクトゥクの運転手が最初に提示した値段である。さすがにそれは高いと思ったが、他に移動手段がないので負けずと交渉する。遺跡まで6Kmとの事だから、最終的には歩いてやろうかとも思ったが、とりあえず片道70Bで手を打つことになった。帰りをどうするかは遺跡についてから考える事にした。

狭いトゥクトゥクの座席にかがんで座る。安っぽいエンジン音と、微かなガソリンの匂いに混ざって稲を植えたばかりの青草の香りが鼻をつく。典型的な田舎町、田んぼが多い。幾つか民家の前も通り過ぎるが、庭の木陰で眠っている人や、小さな商店の中で座って会話をする人々が目に入ってくる。ウドンターニーもそうだったが、ここはさらに時間の流れが違っている。生暖かい風に揺られながら、男は小さくあくびをひとつした。


バーンチアン博物館正面
バーンチアン遺跡正門
15分ほどで世界遺産「バーン・チアン古代遺跡」に到着した。
「古代遺跡」などと銘打っているが、実のところ小さな博物館がひとつある程度である。1966年に発見された当時は5000年ぐらい前の世界で最も古い農耕文明ではないかと騒がれたが、現在では2000から3000年前のものではないかと推測されている。

特徴は何と言っても独特の渦をもった幾何学模様の素焼き土器だ。何とも不思議な模様が土器一面に描かれている。ただ単に生活の道具として使われていただけではない、古代人の美的センスを楽しむこともできる。人や動物の骨も見つかっており、バーン・チアン遺跡は東南アジア独特の文化として考えられている。


男は到着後しばらく辺りを見回していたが、残念ながら公共のソンテウなどは見当たらなかった。つまり今乗ってきたトゥクトゥクを帰してしまうと帰りの足がなくなる。ほとんどのタイ人が自家用車で来ているようだ。再度トゥクトゥクの運転手と交渉しなければならない。男は時計を見た。12時半。食事の時間を入れてここで待っていていて欲しいと話すと、トゥクトゥクの運転手は「ほら、そうだろう」といった顔をして了承した。「食事」と言う言葉に反応したのか、ひとつの店を指差し「あそこがおいしい」とも教えてくれた。男は礼を言うと、博物館の入場券を購入した。

バンチエン土器
博物館に展示されている土器
本当に何もない。見渡しても博物館の他には中に入る事のできない建物や、無意味な広場程度である。物売りもいないから余計に静かに感じる。男は額の汗を来ていたTシャツで拭うと、ゆっくりと博物館に入った。

幸い1Fには空調の聞いた部屋があり、地元の学生達だろうか、展示物の前で熱心にメモを取っている。この部屋には土器の展示の他に、写真や地図などでバーン・チアンについての説明がされていた。修復された土器を眺める。これが数千年も昔に作られたとは思えない。何故こんな模様が必要だったのか。遊び心か、それとも何かの儀式だろうか。古代人のロマンに想像が絶えない。

2Fにも展示がある。ただ2Fは空調が効いておらず、かなり暑い。訪れているタイ人も、持っている雑誌を団扇代わりに暑苦しそうにしている。暑い為か男の集中力も切れてくる。空調が効いていればまた別なのだろうが、足早に先ほどの部屋に戻ってきてしまった。後で考えればやや勿体無いと少し思ったりした。


カオニャオとラープ
ラープとカオニャオ(もち米)
博物館の前の通りは幾つか土産屋が並んでいる。
少し物足りない博物館を出た男は、そんな土産屋を眺めながら先ほどトゥクトゥクの運転手が教えてくれた食堂に向かった。タイでならどこにでもあるような店である。店の前にソムタムの材料が置かれている大きなガラスケースがある。男はイサーン名物のラープ(豚肉ミンチがベースの辛くて酸っぱい料理)とカオニャオ(もち米)を頼むと、家族連れの隣の席に座った。

それにしても暑い。座った瞬間から汗が流れる。最近雨が降ったのか蒸し暑い。運ばれてきた氷に持っていた水をかき混ぜ一気に飲み干した。冷たい水が喉を通って体の中に流れてゆくのが分かる。

しばらくして、カオニャオとラープが運ばれてきた。ラープは辛くないようにと頼んでおいたお陰か、非常においしい。カオニャオを一掴みすると、ラープと一緒に口に運ぶ。やや辛めのラープの味とカオニャオがよく絡んでおいしい。タイ料理はおいしい部類に入るとは思うが、時々辛過ぎて何を食べているのか分からない事がある。勿体無いとは思うが、あれがタイ人にはおいしいと感じるのなら仕方がない、男はおいしいイサーン料理を口に運びながら、ぼんやりとそんなことを考えていた。


なかなか止まらない汗を拭いながら、まだ時間があったので男は買い物をすることにした。当然なのだが、バーン・チアン古代遺跡に関連した土産物が多い。特に目立つのが土器のレプリカ。大きいものでは1メートルぐらいのものから、キーホルダーサイズのものまで様々だ。素焼きで出来ている為、本物さながらの完成度がある。素人が見ただけではレプリカかどうかなど分からないほどだ。

旅の楽しみの一つ、買い物。男も例外なく好きである。だが金を払って、そして帰りの荷物の事を考えると、実際に購入する物は限りなく少ない。しかも「土器」などかなり嫌われるお土産の一つだろう。何せ「重い、かさばる、割れる」と三拍子揃っている。だが男は「土器」が欲しかった。理由は簡単である。「美しかった」、それだけだ。幸い3泊程度の旅なので無理をすれば持ち帰る事ができる。短期間旅行の特権であろう。
結局、幾つかの「土器」を購入した。本当は箱に入れて欲しかったのだがないとの事で新聞紙に包んでもらった。以下お土産の一部。

中型土器(高さ約20cm/約150円) 小型土器(高さ約5cm/約30円) 土・器ーホルダー(約2cm/約30円) 灰皿土器(直径約11cm/60円)
中型土器50B 小型土器各10B キーホルダー10B 灰皿20B



男は満足げに、そして大切に土器の入ったビニールを手に、待ち合わせていたトゥクトゥクに乗り込んだ。そして先ほど知ったのだが、この近くにこのバーン・チアン土器の発掘現場の寺があるらしい。乗り込む時に何となく運転手に尋ねてみた。

「ワット・ポーシーナイ(Wat Po Si Nai)へ行きたいのだが」

ワット・ポー・シナイ
発掘現場のワット・ポー・シナイ
運転手は軽く頷くと、安っぽいエンジンを掛けアクセルをゆっくり踏み出した。
ワット・ポーシーナイは博物館からは300〜400m離れた場所にある。博物館から出て(切符購入場所を背にして左手に)、まっすぐ進むと到着する。見た目は普通の寺と変わりないが、よく見ると所々に土器が置かれ、そして大きな吹き抜けの屋根の下に発掘現場らしきものがあるのが分かる。寺なのでもちろん入場は無料。地元の親父達が木陰で雑談している横を抜け、見学することにした。

数十メートル四方のコンクリートの壁に仕切られた中に、発掘現場らしき跡がある。今ではまったく作業をしている様子はないが、やはり臨場感がある。説明によると以前は中にそのまま土器や骸骨などを置いていたが、大雨による水害の為今はすべて取り出して展示してあるとの事だ。博物館と発掘現場。この二つを見てようやく満足する事ができた。最初は見学者など男の他に誰もいなかったが、しばらくすると白人やらタイ人やらぞろぞろとやって来た。


行きにやって来た田舎道を同じ時間掛けて戻る。のどかな風景とは別に、男の頭の中では運転手にいくら払うべきか思案が始まっていた。本来片道70Bの往復で140B。これが妥当な金額だ。ただあまり良くない事にはっきりと値段交渉をしていない。のんびりとした田舎独特の雰囲気に飲まれてしまっていたようだ。

結局往復で200B(約600円)払う事にした。博物館での待ち時間、そして追加のお寺見学。文句一つ言わずに連れて行ってくれた事が正直嬉しかった。飯屋を教えてくれたり、運転手も意外と気を遣っていてくれたのかもしれない。考えてみれば200Bなら最初の言い値だよな、と思いながら男はお金を手渡した。運転手は子供のような笑顔をして礼を言った。そしてウドンターニーへ戻るバスは幹線道路にて拾わなければならないが、そのバスも彼が捕まえてくれた。
「幸運を」
ウドンターニー行きのバスに乗り込む際、運転手は白い歯を見せてそう言った。男の好きな言葉である。自然とこちらも嬉しくなる。男は運転手に少し微笑むと冷房のよく効いたバスに乗り込んだ。ウドンターニーまでは1時間である。


データ:
バーンチアンの三叉路から博物館往復+ワット・ポーシーナイのトゥクトゥク:200B(約2時間)
博物館の入場料:30B(タイ人は10B)






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