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2006年7月8-11日



小説・イサーン記
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小説・イサーン記(5)

朝起きて最初に見た光景は、男を混乱させるのには十分だった。

「ジダンが頭突きをしている・・・」

頭突きをするジダン
映し出されたテレビの画面には、フランス代表のジダンがイタリアの選手に頭突きをしている場面が映っていた。一瞬男は訳が分からなくなり、目をこすり再び画面を見入った。タイ語なのでよく内容は分からないが、ジダンが頭突きをした事は間違いないようで、それについて司会らしいタイ人とコメンテーターが難しい顔をして話していた。

理由は分からないが、ジダンが抜けフランスは負けたようだ。昨夜は何とか前半戦まで観ていたが、ハーフタイムに力尽きて眠ってしまっていた。ジダンが頭突きをしたのは、後半も終わった延長戦の初めだった。


時計を見ると8時である。部屋が暗いので時間を掴みにくい。ひとつある窓も何故か廊下になっており暗い。おまけに昨夜空調が壊れて、湿っぽく蒸し暑い。眠い目を擦りながら廊下に出て窓から外を覗くと小雨が降っていた。どうりで蒸しっぽいはずである。男は軽くシャワーを浴びると、ホテルをチェックアウトした。

雨は降っていたが、特に傘が必要なほどは降っていない。男は折りたたみ傘を手に、水溜りを避けながら近くの食堂まで歩いた。朝食はカオマンガイ(チキンライス)を食べた。鶏がらスープで炊いたご飯と、それに蒸した鳥肉を乗せて食べる。辛さは付属のタレで調整できるので、辛い料理が苦手な人間でもおいしく食べることができる。一緒についてくる鶏がらスープもおいしい。シンガポールにあるチキンライスとほぼ同じである。

男は道沿いの席についた。小雨の振る中、数名のタイ人が道路工事をしている。アスファルトを道に流し込んで固めているようだ。アスファルトの煙だろうか、それとも小雨が熱気で蒸発しているのだろうか、微かに湯気が立っているのがわかる。各自する仕事が決まっているようで、アスファルトを流す人、道をならす人、固める人、そしてそれぞれ自分の仕事の時以外はぼうっと人の作業を眺めている。

食堂では鳥をさばく父親に交ざり、娘らしき少女が手伝いをしている。アジアではよく見られる光景だ。少女は皿運びから、片付け、スープの準備などとても忙しく働いている。無表情で働いていた。それが少女にとって楽しいのかつまらない作業なのかは、表情からは読み取る事ができなかった。何故か不思議とこの少女が気になった。男は工事現場の男達と少女を交互に眺めながら、一口ずつカオマンガイを口に運んだ。


空は曇り。雨は強くはないが、決してやむ気配もない。男は朝食に1時間ほど掛けて雨がやむのを待ったが、店の他の客も減ってきたので、そろそろ出発する事にした。今日のとりあえずの目的は、ワット・ケークと呼ばれるインド式のお寺に行く事である。
小雨の中、食堂の通りにたむろうトゥクトゥクの運転手に声を掛ける。何人かと交渉した末、女性の運転手と100Bで往復+待ち時間混みで話がついた。決まれば早い。早速荷台に乗り込むと、ちょっと大きなバイクを改造したトゥクトゥクが動き出した。




ワット・ケークまでは市内から15分で着く。この寺の特徴は、タイの仏教とは一味違うインド系の様々な神を祭ってある事である。すべては1人の僧から作り出され、すべてコンクリート製だ。大きなものではビルほどの高さがある。割と広い敷地に所狭しと並んでいる姿はちょっと異様だ。対岸のラオスにも同じような寺があるようだが、そちらはまだ行った事がない。
寺に着いてもまだ小雨は降っていた。

女性のトゥクトゥク運転手はゆっくり車を止めると、黙ってエンジンを切った。男は彼女に軽く何か一言声を掛けると、そのまま入場口に向かった。寺なのでお布施という形で集金をしている。小さな小屋に入った女性に10B渡すと、安っぽい紙切れをくれた。


像は本当に様々である。仏教に関する仏像から、ヒンドゥー教のものまで本当にたくさんの像が並んでいる。こちらの方面に少しでも明るい人ならば、その像が表している意味が分かるはずだ。様々な逸話をモチーフにしたものが多い。


人の一生 私は象(周囲の雑音は犬の遠吠え) 月を食べる(皆既日食)
守られるブッタ
ワット・ケークの像達

男は傘を片手にゆっくりと境内を歩いた。こんな小雨の降る天気でも結構観光客は来ている。白人の若い男女などは傘なしで歩いている。写真を撮ろうとカメラを取り出したが、あまりにも雑然と像が置かれているので構図に困る。おまけにこの天気ではいい写真は期待できない。それでも男は雨に気をつけながら何枚かシャッターを切った。

感ずるものがない。
これがこの寺に対する男の感想だった。これだけの量。そして普通ではあまり見られない奇妙な像。遺跡好きで、仏像好きの男にとってそこはまさに楽園になるはずだったのだが、残念ながら何も感ずるものがなかった。敢えて感じた事と言えば、「あの大きな像を作るのにどの位コンクリートが必要だったのだろうか」、この程度である。すでに数十年の歴史を誇り、それなりの威厳もあるはずだが、像の持つ本来の輝き、美しさが感じられなかった。魂がないというのだろうか。言葉ではうまく説明できないと男は思った。
境内を一周すると、男は寂れた土産屋を横切りトゥクトゥクに乗り込んだ。女の運転手は何も言わずに車を出した。


メコン川のマーケット
市内に戻った男は再び川沿いのマーケットを歩いた。
特に用事はなかったが、活気のある場所は歩くだけでも楽しい。昼間の為、昨日より人も多くなっていた。男は道々で売られている屋台のお菓子やちょっとしたつまみを買ってはその味を楽しんだ。見た目は興味深いがまずいもの、見た目通りの味のものなど様々である。川が近いので魚介類もたくさん見かける。大きな魚やエビに交じって、ソムタムや焼き鳥など本当に様々だ。嬉しい事にフランスパンも売られていた。ラオスをちょっとだけ感じられる瞬間である。


人々の雑踏を抜け男はメコン川沿いにしばらく歩いた。
相変わらず小雨は降り続いているが、大いなるメコン川を堪能するには特に問題はなかった。川はゆっくり流れている。もともと茶色なので汚いのかどうかなど分からない。ただただ何も言わずゆっくりと流れている。たくさんのたくさんの人々の思いを、そしてこんなちっぽけな男の思いを受け止め、川は流れる。
川幅が広く、ゆっくりと流れるここのメコン川は間違いなく男の好きな場所のひとつだった。

その後、徒歩で1つ2つノンカーイの寺をまわり、夕方ウドンターニー行きのバスに乗った。
ひんやりと冷房が効いた車内を男はまた眠って過ごした。小雨のちらつく曇り空は男をとても眠くする。


夜、男は暗くなったバスターミナルに戻った。出発は20時。この時間帯ならばまだ明かりは豊富にある。多くの人がバスを待ち、そしてそれ以上の人々が見送りに来ている。男はバス会社にある安っぽいプラスチック製の椅子に座りながら、壁に這いつくばり小さな虫を追うトカゲを見ていた。そして男は旅の終わりにはいつも起こるふたつの感情を感じていた。

「まだ旅を続けたい気持ちと、自分の部屋に戻りゆっくりと休みたい気持ち」

長かろうと短かろうと、旅の終わりにはいつもこのふたつの矛盾した気持ちが男に同居する。どちらかを選ぶ事はできなかったし、むしろそのこと自体嫌いではなかった。
バス会社の目つきの悪い中年の男が大声で叫び出した。バスが来たようだ。

まもなく訪れる旅の終わりを男は楽しもうと思った。



データ:
ノンカーイ〜ワット・ケークのトゥクトゥク:100B(往復/寺での待ち時間含む)
ワット・ケークの参拝料:10B

ノンカーイ→ウドンターニーのバス:35B
西バスターミナルからコンプレックスのソンテウ:8B(7番のソンテウを利用/所要約25分)



ご注意 この物語は事実を基にしたフィクションです。登場する人物やその他名称は架空のものと、
実名のものがあります。文章内で出てくる数字については、訪問時のデータをそのまま
載せています。長い文章、最後までお読み頂きありがとうございました。




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