韓城は日本ではあまり知られていないが、「史記」を書いた司馬遷の出身地であり、その祠がある場所だ。街の歴史も古く紀元前、そして現在でも元の時代建物などが残っている。場所は西安から約200km。1泊2日でちょうどよい距離だ。 授業をさぼり、西安駅へ向かう。 中国の列車は初めてだ。硬座と呼ばれる一番最低クラスの席。距離もそれほどないので特に問題もない。切符は素人では入手困難なので、事前に旅行会社に頼んでおいた。 まだ朝だというのに人でごった返している西安駅を歩き、切符に書かれたプラットフォームに向かう。古臭いが、何とも趣のある緑色の車両を見つけ、乗り込む。硬座という名の通り、木の椅子に辛うじて薄っぺらいスポンジが付けてあるだけの椅子に座る。名前通りかなり硬いが、座ってしまえば何ともない。車内も汚いが、それは愛嬌。この列車に清潔さなどは求めていない。 列車が動き出す。 窓を開けているので外からの風が心地良い。風は心地良いのだが、周りにたくさんいる中国人が、とにかくごみを捨てる。物を食べては床に捨て、窓から外に捨て。ある程度予想はしていたが、やはり中々の光景だ。さすがに自分は床にごみを捨てる事は出来なかったので、ゴミは持参したビニール袋に入れ車掌にゴミ捨て場の場所を聞きに行くと、車掌は「大丈夫」と言ってそのゴミ袋を窓の外に勢いよく投げ捨ててしまった。さすがにこれはカルチャーショックであった。 そしてトイレ。 用を足しにトイレに行ったのだが、用を足し水を流したところ、何と走行中にもかかわらず便器のそこが開いて線路が現れ、「物(ぶつ)」が流れて行った。線路に「走り捨て」である。今まで日本の列車などでは排泄物のことまで考えていなかったのだが、何という分かりやすさ。線路の上にはティッシュや排泄物がそのままになっているのだろか。。驚きだ。
さて、予定では4時間ほどで韓城に到着する。・・・が、やはり現実はそうはいかない。 途中で列車が止まり、中国人が皆何やら騒ぎながら口にしている。「壊れた、壊れた」、と言っている。故障のようである。 まさか初めて乗った中国の列車で故障するとは思わなかった。でも周りの中国人は慣れているようで、皆平然としている。外に降りて用を足したり、どこからともなく現れた物売りから食べ物を買ったり。 どたばたしても意味がないので、なるがままに復旧を待つ。結局3時間以上の時間がかかり、目指す韓城に到着したのは7時間以上経った夕方近くであった。さすが中国。 韓城駅で地図を買い、とりあえず今日の宿を探す。 と言っても数えるほどしか泊る場所はなく、(外国人の)宿泊拒否を経て、泊る宿が見つかった。この時は必死で何も考えていなかったが、この宿がこれがこれから始まるバックパッカー歴で、最初の宿となる。 翌朝は司馬遷の祠を目指し、バイタクの運ちゃんに尋ねる。外国人が珍しいのか、すぐに交渉はまとまる。 司馬遷の祠は市内から南に10km程の所にある。バイタクの運ちゃんと共に走り、やがて到着。司馬遷の墓だ。 彼の書いた「史記」がなければ、中国の歴史に大きな空白ができていたかもしれない。中国に詳しくない人でも、史記の名前ぐらいは聞いたことがあるはずだ。歴史上の偉大な人物に、こうして手軽に触れることができるのは嬉しい。 祠の周りは広く、祠自体は小高い丘の上に造られているので遠くからでもよく目立つ。 急な階段を上り、幾つかの門をくぐると寝宮と呼ばれる祠が見える。ちなみにここには後の王や、彼を偲ぶ文人達によってたくさんの碑が建てられており、幾つも同じよなものを見かける。 そしてその寝宮の裏手にあるのが、司馬遷の墓である。「漢太史司馬遷公墓」と書かれている。一応拝む。
先に書いたがこの祠は小高い丘の上に建っており、景色もよい。春なので菜の花畑や、緑の大地、そして遠くにはうっすらと黄河も見える。祠というよりは、こじんまりとした城のような雰囲気でもある。
今日の夕方の列車で西安に戻るつもりだが、帰るにはまだ時間がある。 そこで運ちゃんに先程見た黄河へ連れて行ってくれるように頼んだ。運ちゃんも二つ返事で了承。韓城の田舎道を、へなちょこバイタクで走る。乾燥しているので、走る度にモクモクと砂埃が立つ。それでも何とも言えない高揚感に包まれて心躍る。 やがて黄河が見えてきて、バイタクが止まる。広い。黄河が目の前に広がる。 嬉しかった。黄河は大きくて、広くて、でっかい。とてつもなく大きな自然に包まれている感じがした。黄河の写真、そして運ちゃんとも一緒に写真を撮り、近くにあった菜の花畑も撮る。 これが初めて「旅」の面白さを知った瞬間なのかもしれない。
その後は孔子を祭ったとされる「韓城文廟」、そして「金塔公園」を廻り、バイタクの運ちゃんと宿まで戻る。 宿の女将に「まだ西安に帰る切符を取っていない」と伝えると、そのまますぐに駅で取ってくれた。上手く取れたからいいものも、まだまだ「旅、素人」である。
再び硬座に座り、窓の外を眺める。短い旅であったが、非常に充実して満足のいくものであった。これが記念すべき「初めてのバックパッカーの旅」であり、頭の中はもう次の旅先を考え始めていた。 データ:
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