第一章:「出発までの日々」 晩春。新緑。都会のオフィス街。温かい風。とある会社の一室。お昼過ぎ。椅子に座る30過ぎの男。 そして、携帯の着信音。 「・・・もしもし」 「もしもし? あ、元気だった?」 「何のようだ」 「冷たいなあ。今暇?」 「食事中だ」 「ちょっとだけいいでしょ?」 「何だ」 「実は頼みごとがあるんだよ」 「頼みごと?」 「そう」 「断る」 「まあ、そういわずに聞いてよ。来月のゴールデンウィークはどうするの?」 「まだ決めていないが・・」 「旅に出ないか?」 「お前とか?」 「いいや。今ちょっと仕事が忙しくって旅に出られないんだ。そこで代わりに出て欲しいと思ってね。ほら、俺って今旅行関係のホームページ運営しているじゃん」 「ああ、あの三流サイトか」 「酷いなあ。。 まあ、その中で人の役に立つような旅行記を書こうと思ってね。でも、今忙しいから代わりに行って欲しいんだ」 「報酬は?」 「タダ」 「行き先は?」 「任せる」 「何をすればいいんだ?」 「そんな難しく考えなくてもいいよ。毎日適当に遊んで、メールでレポート送ってくれればいいよ。」 「レポート?」 「そういうこと。じゃあよろしくね」 「おい、ちょっと・・・」 電話の切れる音。 やれやれ。 電話をしてきた人間とは長い付き合いだったが、いつもこんな感じの奴である。 悪い奴ではないのだが、、そう思いながら、男は食べかけのカレーを口に運んだ。窓の外にはきれいな青空が広がっていた。 仕事が終わった20時半、男は会社近くの本屋にいた。 自分でも可笑しいのだが、既に手には幾つかのガイドブックが握られていた。
男は一冊の本を購入し、帰宅した。 男の選んだ国は「タビタビ王国」。歴史ある国で、古風な雰囲気が漂う街や遺跡が多い国である。食べ物がおいしいということも男の興味を引いた。 男は情報収集と共に、ルート選定に取り掛かることにした。
面倒な事なのだが、タビタビ王国に行くにはビザが必要である。幸い男の会社の近くに大使館があったので、会社の昼休みなどを使って申請する事ができた。パスポートもまだ3年以上の有効期限がある。入国には問題ない。
「ふう、なんだか説明ばかりになって来てつまらないな・・」 男は1人そう呟きながら旅行代理店のドアをくぐった。 「いらっしゃいませ・・」 顔立ちはいいのだが、何とも暗い感じの女性店員が対応に出た。ちなみにいつもこの女性から航空券を買っているので、すでに顔見知りである。男は軽く挨拶をすると、航空券について尋ねた。 「GWのタビタビ王国までのチケット、まだ間に合うか?」 「タビタビ王国?首都のボッタレーでいいですか?」 「ああ」 「少々お待ちください・・」 女性社員は慣れた手つきでカウンターに置かれたキーボードを叩くと、画面を見ながら男に言った。 「経由と直行、希望はありますか?」 「時間と、料金、航空会社をそれぞれ教えてくれ」 女性は机に置かれたメモ用紙に幾つかの航空会社と時間帯、そして金額を書き、男に見せた。 「高いな・・」 「GWですからね」 「一番安いのはこの経由便か?」 「はい」 「到着が、、」 「現地時間で、、14時ですね」 男はこの店員の早い対応にいつも満足していた。少々暗いが、客の質問に的確に答えてくれる安心感があった。 男はその場で航空券を購入する事にした。 「保険はどうしますか」 「ばら掛けで頼む」 女性店員同様、男も慣れた手つきで保険の書類に記入を始めた。 「こちらが航空券です。出発が朝の9時、途中マンナカーという都市でトランジットをして、現地時間の14時にタビタビ王国の首都ボッタレーに着きます。出発はフライトの2時間前、朝の5時ぐらいまでには空港に着いていて下さい。あと、こちらはリコンファームが必要ですので、現地到着後出発の72時間前までにこちらの電話番号に電話をして下さい」 女性社員はそう言って小さな紙を渡してきた。 「それからタビタビ王国はビザが必要なので注意してください」 「ありがとう」 顔立ちはいいのにもったいないな・・・ そう思いながら、男は軽く礼を言うとその場を立ち去った。
出発まで1週間を切った。 忙しい仕事の最中でも、男は時々見知らぬ異国の地に思いを馳せたりした。GWの一週間前になると、会社の中でもそわそわとした雰囲気が漂う。既に連休明けの仕事の確認をしている奴さえいる。 「連休中はどっか行くの?」 総務部のメガネを掛けた女性社員が尋ねてきた。彼女は男とは同期で入社時から仲良くしている。色白ですらりとした彼女だが、牛乳瓶のようなメガネのせいか未だ独身である。 「ああ、タビタビ王国に行って来るよ」 「タビタビ王国? ああ、いいとこね」 「ひさしぶりの旅だ」 「1人で行くの?」 「ああ」 「何かお土産買ってきてね」 「何がいい?」 「いい男」 相変わらずだ、男は思った。しかしギャグが少し老けてきている。俺もそうなのかな、、男は少し不安に思った。 男は時間を見つけては荷造りやら、そして銀行などにドルの両替に行ったりした。
「もしもし?」 「誰だ」 「誰だ?はないだろう。名前は携帯の画面に表示されているはずだろ」 「ふっ」 「ふっ、じゃないよ。で、どこに行くのか決まったのかい?」 「ああ」 「どこ?」 「キテレツ王国」 「ふざけるな」 「・・・タビタビ王国」 「なるほどねえ。ビザは取ったの?」 「ああ」 「その他の準備は?」 「終わっている」 「本当かい?」 「嘘は言わない」 「・・・カード類の説明、事前勉強、予防注射」 「うっ」 「じゃあよろしくね。また電話する」 電話の切れる音。 ・・うっとうしい奴だ。男は1人小言を言いながら仕方なくパソコンの電源を入れた。
「ええい、長い、長すぎるぞ」 「どうしたの?」 「いや、何でもない・・」 男は旅に出る最後の日曜日、恋人と食事を楽しんでいた。 こじんまりとしていてやや照明が暗い、落ち着いた雰囲気の飲み屋である。日曜の夜という事もあり、静かながら多くの人で賑わっていた。 「どうだい、仕事はもう慣れたか?」 「ええ、まあね」 付き合って5年になる彼女は、最近転職したばかりだった。 少し短めに切り揃えた横髪を触りながら、彼女が続ける。 「GW、気をつけてね」 「すまない」 「いいよ、別に。どうせ仕事で休みなんて取れないしね」 「ああ」 「本当に気をつけてね。タビタビ王国だっけ?この間バクダンテロがあったでしょ?」 「ば、爆弾テロ?」 「え、知らないの?数名死んだらしいよ」 「本当か?どこで?」 「確か、首都のボッタレーだと思う」 男はしばらくの間絶句した。
いよいよ出発の日がやってきた。 男は愛用のバックパックを担ぐと、空港行きの列車に乗り込んだ。この足にかかるバックパックの重感が好きだった。 空港には出発の2時間前には到着していたが、さすがGWということもあり大勢の人で混雑している。 案の定、チェックインカウンターにも長い行列が出来ていた。男は行列の一番後ろに並ぶと、バックパックを床に置きまだ仕事の疲れが取れぬ体を少しほぐした。 「窓側の席をお願いします」 パスポートと航空券を提出した後、カウンターの女性から尋ねられた質問にそう答えた。 男は返却されたパスポートと航空券、ボーディングパスをカバンにしまうと、出国カウンターに足を運んだ。 男の瞳には、美しく青く澄んだ空が映っていた。 これから訪れる異国の地、たくさんの食べ物、そしてまだ見知らぬそしてこれから会うだろうたくさんの旅の友。 出発の空港とは多少の不安と、少しばかりの期待、そしてまだ知らぬ様々な感情が交差する。 それでいて妙に落ち着いている自分に気付いたりするので、なんだか可笑しくなる。 男は恋人に簡単なメールを送ると携帯の電源を切った。 飛行機の入口では笑顔のとても美しいスチュワーデスが迎えてくれた。 第二章:「いざ旅の世界へ 〜到着、宿探し〜」へ バーチャル旅日記トップへ Homeにもどる |