第四章:「移動、そして出会い」 朝起きて1階で飲むコーヒーが男の日課になりつつあった。幸い急ぎの用もなかったので、今日もゆっくり贅沢な時間を楽しめる。男は昨日よりも時間を掛けてコーヒーを味わった。 チェックアウト時間の12時より2時間早い午前10時に宿を出た男は、これから乗る夜行バス用の食料買出しに出掛ける事にした。首都ボッタレーは大きな都市なので、買い物に不便することはない。中心部にある大型スーパーで必要なものを揃えることにした。 男は食料品売り場に足を運んだ。購入するものは菓子パン、果物(みかん・バナナ)、水、菓子などである。一応途中の休憩場所に食事をとる場所はあるのが、念の為の買出しである。 男は買い込んだ食料品をカバンの取り出しやすい場所にしまうと、そのまま長距離バスターミナルへ向かった。 出発の1時間前にバスターミナルに到着したが、すでに同じバスを待つであろうたくさんの人で溢れていた。 安っぽいプラスチック製の椅子に老若男女がひしめき合っている。身の丈ほどもあるような大きな袋を持つ人や、機内預け用のカバンに何かをたくさん詰め込んでいる人、よだれを垂らした子供に白髪の老人。長距離バスターミナルは、旅の出発地点と終着地点。多くの人が集まり、そしてその分だけ多くの物語がある。 薄暗いターミナル内で、男も出発まで座って待つ事にした。前方には大型だが、安っぽいテレビが置かれている。隣に赤ん坊を抱いて座っている中年の女が、くちゃくちゃ何かを食べながら大声で笑っている。テレビでは漫才らしき男が何やら話していたが、もちろんタビタビ語だったので男にはまったく分からなかった。 意外な事にバスは出発の30分前には到着して、乗客を乗せ始めた。 男はバス正面に書かれた「KOTO」と言う文字を見てから、更に2度3度乗務員にチケットを見せ行き先を確認した。 バスに乗り込むと「C−5」と書かれた椅子を探し、男は腰掛けた。椅子はリクライニングシートになっており、なかなか快適だ。今晩はここで眠らなければならないので少なからず安心した。 出発時間が近づいてくると、8割程度席が埋まってきた。そして予定時刻より15分ほど遅れてバスは「古き歴史の残る街・コトー」に向けて動き始めた。 出発間際になって、1人の若い女性が駆け込んできた。そして彼女はぜいぜい息を吐きながら、男と通路を挟んだ隣の席に慌しく座った。
「あー、良かった、間に合って」 通路を挟んで隣に座った女性はどうやら日本人のようである。超有名ガイドブックを団扇代わりに扇ぎながら更に続ける。 「本当に、まったくどうしようもないんだから。間に合わなかったらどうするのよ!」 顔から大粒の汗を流しながら一人で喋り続けている。周りの視線が彼女に集まっているが、どうやら気にしないタイプのようだ。 男は読みかけていた日本語の文庫本を静かにカバンにしまった。 バスは順調に走る。男も時折窓の外を眺めながら、変化のない車内の風景を無心で眺めたりした。幸いまだ隣の席に乗客はいなかったのでゆっくり座る事ができた。まだ16時を少し過ぎた程度なので眠気はないし、お腹も減らない。 例の日本人女性は最初1人で騒いでいたが、途中居眠りを始めた。今はまた起きてきょろきょろしている。そしてどうやら自分の存在に気付いたのか視線を感じる。 しばらくして、トイレ休憩の為にバスはガソリンスタンドに停車した。 一緒に乗車していたバス外車の女性スタッフが、早口で休憩の説明を始めた。やはりタビタビ語なので何を言っているのか分からない。男は英語でバスの出発時間だけ確認した。 バスを降りた男に後ろから声が掛かった。 「あの〜、日本人の方ですか?」 振り向くと、先ほどの女性が大きなカバンを背負って立っていた。 「はい、そうでうすが」 「よかった。。やっぱりそうだと思ったんですよ!」 女性は笑顔で続ける。 「どこまで行くんですか」 「コトーまでだが、、」 「あっ、同じですね、私もです」 「そうですか」コトー行きだからそりゃそうだろう、男はそう思いながら答えた。 「旅はもう長いんですか?」 「いえ、まだ着いたばかり。そちらは?」 「いえいえ、私も着いたばかりです。GWを使ってちょっと旅に出てるんです」 「そうですか」 男は女性が背負っている大きなカバンに目をやってから尋ねた。 「カバンはいつも持って歩いてるんですか」 「はい、昔バスの休憩中に全部盗まれてしまった事があって・・・」 「はぁ、そうですか」 「あ、ごめんなさい。ちょっとトイレ行くんで、この荷物見ててもらえませんか?」 「はぁ?」 女性は大きなカバンを男の前に置くと、そのままトイレに走っていった。 仕方なく男は近くの屋台でソーセージと缶コーヒーを買って女性を待つことにした。
「もう、ホントにそうなんですよ!」 バスに戻った男と女性は席が近い事もあり、そのまま会話を続けていた。いや、実際会話と言うよりか、女性が1人で話し続けているといった方が正確かもしれない。 ちなみに男のポリシーとして、旅で出会った人には名前以外の事は尋ねない事にしている(外国人の場合は国は聞く事もあるが・・)。これは純粋に旅人同士、旅の話をしたい為だ。社会的地位や年齢を聞いてしまうと、どうしても「何らかの壁」ができてしまう。「旅先ではお互い一(いち)旅人」これを大切にしていた。 そんな男のポリシーとは裏腹に、女性は聞いてもいないのに自分の自己紹介を嬉しそうに男にしていた。 「女子大生だったんだ」 「え、見えなかったんですか?」 「いや、そうではないけど。1人で大丈夫なのかい」 「大丈夫ですよ、全然平気」 彼女の話では、文学部に在籍する文学少女との事だった。文学少女とは随分ギャップがあるな、男はそう思いながら左から右に一定のリズムで流れる彼女の言葉を聞いていた。最初は珍しそうに眺めていた周りの人々も、今では飽きたのであろう、何かを食べたり居眠りをしたりとそれぞれ自分の時間を過ごしている。 男も少し空腹感を覚えたので、事前に買っておいたパンを食べる事にした。 会話の切れ目に何気なくパンを取り出したのだが、当然彼女の視線が手元に集まる。 「パンですか?」 「ええ」 「タビタビのパンって、どんな味がするんですか?」 「いや、まだ食べた事はないんだが。。」 「ちょっと食べさせてもらってもいいですか」 「ええ、どうぞ」 男はそのまま手にしていたパンを渡すと、彼女はきれいに半分に割ってその1つを男に返してきた。 「ありがとうございます」 「はあ」 男はちょっと唖然としていたが、その次の言葉には更に吃驚させられた。 「まずいですね」 「・・・」 当然ながら、事前に用意していた果物やその他食料は、ほとんど彼女と食べる事になった。何でも彼女の話では、バスターミナルに来る前、タクシーの運転手に危うく自宅に連れてゆかれそうになり、買い物をする時間がなかったそうだ。幸いあまり食べる気がなかったので、男は気にしなかった。 夜になるとかなり気温が下がってきた。しかし、どうやら冷房は昼間の設定のままのようで、車内はさらに寒い。周りの乗客も渡された薄手の毛布に包まって寝ている。何より車内の窓の内側に付いている水滴が、この寒さを物語っている。男はすでにスウェットと長袖を着込んでいるが、まだ少々冷える。ひざの上に置いていた毛布を使う事にした。 ちなみに通路をはさんだ隣に座っている彼女は、頭上の荷物置き場にあった予備用の毛布を3、4枚勝手に下ろして使っていた。 可笑しくて男は少しだけ笑った。 第五章:「古き都コトーと国境越え」へ バーチャル旅日記トップへ Homeにもどる |